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[コメント] アンチクライスト(2009/デンマーク=独=仏=スウェーデン=伊=ポーランド)

笑えるか笑えないかで云ったらそりゃ笑えない時間のほうが長いのだけれども、フォン・トリアーに特有の不謹慎なギャグの感覚はここでも全篇に脈打っている。実際に過去の一時期「イエス・キリスト」を生きた人を『アンチクライスト』なる映画の主演俳優として迎えようというのがそもそも大いに悪ふざけ。
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**ネタバレ注意**
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あるいは第二章の終わり、あろうことか狐が急に喋り出す。それも「カオスが支配する(Chaos reigns)」とか何とかやたら意味深長な文言である。こちらとしても狐につままれたような顔でもしておくしかないのだが、間髪を容れずに始まる新章の冒頭ではいきなり雨が降り出す(It rains)。すなわちレインからのレイン。レインゆえにレイン。不味い四コマ漫画の落ちのような駄洒落である。えげつない題材や挑発的な語りのみならず、このような人懐っこいショウマンシップもまたフォン・トリアーのエッセンスだ(このあたりはそっくりそのままデヴィッド・リンチなんかにも当てはまるかもしれませんね)

さて、以上のことは以上のこととして、素直に見る限りこれは「女性嫌悪」の映画ということだろう。より正確には「女性性否定」と云うべきか(もちろんこれは、フォン・トリアーが実際にそのような思想の持ち主かどうか、とは別の話です)。シャルロット・ゲンズブールの行動のピークが自身の陰核の切除であることや、エピローグで顔面を抹消された女性たちがわらわら湧いて出てくることなど、多くの場面がこれを「女性性否定映画」として解釈できる可能性を指し示しているが、そもそもメインタイトル・デザインは原題“ANTICHRIST”の最後の「T」が「雌記号」に置き換えられたものだ。題名が既に「反-キリスト」とともに「反-女性」の意図を明示している。またエンディング・クレジットを眺めていると“RESEARCH”なる他の映画ではほとんど見ないスタッフの記載があって、“RESEARCH ON THEOLOGY”などいかにもそれらしいものが七つ八つ並ぶ中に紛れて(というか、その先頭に)“RESEARCH ON MISOGYNY”とのクレジットが置かれている。フォン・トリアーはこの映画を撮るにあたってわざわざスタッフにミソジニーの調査研究をさせていたのだ(律儀な人!)。

さて、以上のことは以上のこととして、この作品においてはフォン・トリアーの形式主義者的な側面がうまく作用していないように思う。もっとも、上ではラストの女性群を「女性性否定」の例のように扱ってしまったけれども、やはりそのような解釈だけではどうにも収まりがつかない訳の分からなさに気圧されるし、ウィレム・デフォーの脚に砥石を結合させるなどの着想もさすがに面白い。またドングリの落下音などもよい演出だが、「森」に魅力がないというのは見過ごせない重大な欠点だ。フォン・トリアーはまず第一級の森映画を目指すべきだったと思う。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)jollyjoker[*] サイモン64[*] けにろん[*] 煽尼采 ペペロンチーノ[*]

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