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[コメント] 判決、ふたつの希望(2017/レバノン=仏)

職業者のプライドと責任、根深い偏見への諦観、ムスリムとしての寛容、難民として悲しみ。突然、激しい怒りの対象となった初老の男(カメル・エル・バシャ)の、そんな戸惑いが入り混じった表情が切ない。理屈ではない怒りはたいてい深い悲しみに由来している。
ぽんしゅう

民族や宗教対立に翻弄さてきた初老のヤーセル(カメル・エル・バシャ)もまた、きっと激しい怒りを心の内に秘め人生を過ごしてきたのだろう。怒りを封印すること。それが、レバノン内戦の一因となったパレスチナ難民である彼が、この国で平穏に生きていくための最善の手段だったはずだ。

そんなヤーセルだからこそ、理不尽な暴言で武装し攻撃を仕掛けるトニー(アデル・カラム)の激しい怒りを宿したその瞳の奥に潜む、彼が抱え込んだ同根の悲しみの深さを理解できたのだ。

世の中のたいていの怒りや偏見の裏には悲しみが存在する。本作もまた『スリー・ビルボード』(17)と同じこのメッセージを2018年の世界へ向けて発信している。もちろん偶然の一致などではない。

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〈レバノン内戦に関する私的メモとして〉

●1970年、度重なる中東戦争とPFLP旅客機同時ハイジャック事件をきっかけにヨルダンでパレスチナ解放機構(PLO)を追放(ヨルダン内戦)。

●多数のパレスチナ難民がレバノン国内に流入。

●レバノンのイスラム教徒数の自然増加と相まって政治バランスが崩れ始める。

●レバノン国軍以上の軍事力を持つパレスチナ難民の存在にキリスト教マロン派は武力による難民追放を試みる。

●しかし、PLOがレバノンに流入。事態悪化を恐れた政府はPLOに対して自治政府なみの特権を与る。

●さらに、レバノン政府はPLOのイスラエルへの攻撃も黙認。これに国内のキリスト教マロン派が衝撃を受ける。

●レバノン南部に「ファタハ・ランド」と呼ばれるPLOの支配地域が確立。

●これをイスラエルはレバノンの敵対行動と認識。南レバノンやベイルートを攻撃。

●レバノン国軍は報復できずイスラム教徒の怒りも買う。

●結果、マロン派と、イスラム教信者、パレスチナ難民との対立が激化。

●マロン派はアメリカ、ソビエト連邦から重火器を調達し民兵組織を強化。

●イスラム教徒もPLOやシリアから軍事支援を受け入れ民兵組織を構築。

●1975年に内戦に発展。

◎1976年1月 〔カランティナの虐殺〕・・・ レバノンのキリスト教民兵組織がベイルート東部のカランティナ地区を制圧しパレスチナ人とイスラム教徒を殺害(最大1500人)。

◎1976年1月 〔ダムールの虐殺〕・・・レバノン国民運動(LNM)と提携したパレスチナ人民兵がカランティナの虐殺の報復としてダムール村のキリスト教徒の民間人150〜582人を殺害。

(評価:★4)

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