[コメント] すばらしき世界(2021/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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「一から始めなきゃ(ならない)ってことはいくらなんでもないでしょう?」「一からです」。失効した運転免許証の再交付願いでの窓口で、こんな感じのやりとりがあったけど、前科者の再出発は万事こんな感じだった。
震災や水害、不景気による解雇、派遣斬り、そして新型コロナ。。一からやり直すことを余儀なくされた人たちをニュースや身近な世界で本当に多く見るようになった。なにかそういうアクシデントがなく、さしあたり今は生活に困ってなくても、多くの人たちが「先が見えない」中を生きているように思う。三上がさしあたりめざすすぐ上の社会階層で、三上が出会う人たち、くたびれたスーパーの店長、アパートの下の部屋のたぶん外国人技能実習生、斜陽のテレビ業界人、介護施設の介護士、シングルマザーのソープ嬢、昔の兄弟分。。彼ら彼女たちも先が見えない中で、元犯罪者の再起などに関心を持つ余裕など本来はないのだろう。だが、だからこそ三上に好意を持ち、三上の奮闘を応援するのだと思う。三上をモデルに小説を書こうとする元テレビマンにいたっては、三上の更生は、精神的な支えという意味でも、小説を書くという具体的な生活行為でも、彼の「この先の希望」だった。
ふだんそれほどの映画ファンでもない友人たちの話題にもなるという意味で、西川監督作品の中ではもっともメジャーなヒット作になりそうな本作だが、その要因はおそらく三上が最後まで自暴自棄にならずやり直していく姿が共感をよんでいるからだと思う。もうストレートに、三上の生きざまに「力をもらった」「自分も頑張ろうと思った」そういうことのように思う。
この作品で監督が言いたかったことは、そのタイトルにあると思う。三上が介護施設で障碍者の職員をいじめる職員におもねった振る舞いをしながらも、この世界でながらえていく道を選んだことをもって、おんぼろアパートの屋根の上にひろがる決して大きくもない空をもって、今の疲弊した社会を皮肉っているのかと一瞬思ったが、そうではないように思う。なぜならラストにそういう監督の悪意は感じなかったからだ。
三上が死んで、彼のアパートの前で立ち尽くす、身元引受人夫婦、福祉課の職員、スーパーの店長、元テレビマンは、間違いなく彼の立ち直りと彼という人間を認めた。一から始めて5人の人間の強い承認を得ることができたことを表すシーンだった。多くの人がSNSをやっているのは「自分のことをほめてもらえる」と思うからだと思う。三上が手にした「いいね」は数でいえばたったの「5いいね」でしかないが、SNSで交換される数百、数千、数万の「いいね」よりもきっと意義のあるものだ。三上のセリフに、人は自分をほめてもらえる場所で生きたいのだ、というようなものがあるが、ずばり「すばらしき世界」とはそのことをさしているのだと思った。
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