[コメント] クライ・マッチョ(2021/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
マッチョを雄鶏の名、および『運び屋』の原題を字義通りに解するならば監督兼出演作において二作続けて動物を標題に採用したとも云えるが、いずれにしても『クライ・マッチョ』がイーストウッド演出作の動物映画部門で首席を務めるのは確実な情勢だ。そもそも闘鶏用雄鶏の名を標題に掲げながら闘鶏を描くことにはてんで興味を向けず、もっぱら伴侶動物の風情で恬然と各画面に配置してみせるなどは、余裕が過ぎてモンテ・ヘルマン『コックファイター』も舌を巻くに違いない鋭角企画である(ちなみに、雄鶏の屈強と勇猛を最もよく描いた映画としては、ユーリー・ノルシュテイン『狐と兎』が挙げられるでしょう)。また、動物映画というからには、最も美しい画面のひとつが「馬と自動車の並走」であり、最も感動的なシーンのひとつが「荒馬の馴致/乗馬の教育」であり、最も微笑を誘う場景のひとつが「ドリトル先生」であったことも明記しておこう。
さて、先に福々しいと云ったが、事実これほど危機や不穏の気配が希薄で、幸福平和なイーストウッド映画は珍かな部類に属する(およそ同時代を舞台とし、同じく幸せなロードムーヴィである『ブロンコ・ビリー』でさえ危機はもっと危機らしい表情をしている)。たとえばエドゥアルド・ミネット少年の行状に関して、彼の登場に先立って母フェルナンダ・ウレホラがいかにも仰々しく喧伝するものだから、いやはやどんな物騒な愚連児が現れるのかしらと気を揉んでみれば、実際のミネットはその反抗的態度すら微笑ましい純朴な小僧だ。「追っ手」のオラシオ・ガルシア・ロハスにしても、この種の展開・役割に期待されるスリルの創出はほとんど叶わず、爺と鶏に完膚なきまでの全面敗北を喫するなど驚異的な弱さを誇って牧歌的な喜劇の成分ばかりを供給する。
むろん、たとえばミネット少年の身体に刻まれた虐待の痕は見るも痛ましく、これがただただ非現実的に慶ばしい楽天地の創造のみを目指した作ではないことも抜かりなく示されているものの、その虐待痕は、ミネットの機知によってガルシア・ロハスを撃退するという愉快痛快なシーンを導き出してみせるのだから、やはり映画の基調はピースフルに保たれている。
これらに関連するところとして、『クライ・マッチョ』には「死」の影がきわめて薄いことも云い添えておくに如くはないだろう。『運び屋』でもその気味が認められたが、『クライ・マッチョ』はいやまして関心のベクトルを「生」に傾けている。当然それはイーストウッド当人に限って云えば無条件の生ではありえないにせよ、せいぜいが「老後の」生である。『グラン・トリノ』『センチメンタル・アドベンチャー』はもとより、『許されざる者』『ホワイトハンター ブラックハート』(これはイーストウッドと動物の取り合わせには幸があるとする説に対して巨大な反例を突きつけてもいる)『ミリオンダラー・ベイビー』『ブラッド・ワーク』『スペース カウボーイ』といった諸作よりも『クライ・マッチョ』は死と離れたところにいる。まったく清々しいほどに生きようとしている。
当然ながら、これには食堂の女主人ナタリア・トラヴェンの存在が大きく与っている。トラヴェンとのダンス、あるいはトラヴェンの孫娘らと食卓を囲むシーンは涙なしに見ることの難しい幸福感に溢れており、さらには結末部において、イーストウッドはテキサスの自宅ではなくトラヴェンのもとに帰ろうとするようだ。「ゴーイング・ホーム」がイーストウッドならびにアメリカ映画の一主題であることは云うに及ばないが、“Find a New Home”なる主題歌を携えたこの映画にあっては、国境を越え、言葉も満足に通じない土地でさえもホームになりうるという。なんとなれば、ここではトラヴェンこそがホームそのものに他ならないからだ。イーストウッド的共生/連帯/継承にとって人種や属性の異なりなど何の障害にもならないのは『アウトロー』の昔から変わらないが、どうやら「ホーム」とは本質的に「空間」ではなく「人」に帰属するものらしい。
かくのごとき結論にひとまず到達した『クライ・マッチョ』は、伴侶たる雄鶏にしかホームを見出せずストリートに生きてきた少年がその雄鶏を手放し、父親と再会を果たすのをいっそう慎ましやかな画面の連なりの内に見届けたのをもって映画を結びとする。もちろん、ドワイト・ヨーカムが必ずしもまったき親心から息子を迎えるのでないことは劇中でも明かされているのだから、ややもするとミネットを待っているのは後悔や失望かもしれない。しかし空間的場ではなく人こそがホームたりうるのなら、それは世に唯一とは限らない。物語は閉じても、イーストウッドは自らがミネットのホームである可能性を開いたままでいる。
(評価:)
投票
| このコメントを気に入った人達 (7 人) | [*] [*] [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。