[コメント] 黒い画集 あるサラリーマンの証言(1960/日)
松本清張の連載小説もさることながら、その一部を脚色した橋本忍の見事な手腕には驚かされる。同年黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』にも脚本参加しているが、ほかならぬこの年にサラリーマンを題材にした映画がどれほど公開されたことか。その中でもこの作品は特別の印象を残す。
サラリーマンという体面から、不倫の実状を隠し、殺人事件の容疑者の証言を拒むというパターンは数々のテレビドラマで使われているし、今この映画を見てそのことに衝撃はないが、職業の制限からサラリーマンが保身により嘘の証言をして社会的に抹殺されるという場面で、「何も残らない」ということの衝撃が当時としては大きかったと思う。「安定した職業である」という世界に漫然とする反面、一歩踏み外すと「何も残らない」ということが映画の世界とはいえ現実になった。当時、映画館に足を運ぶサラリーマンの数から考えても、ほかのおちゃらけたサラリーマンものとは一線をひいたこの映画は驚きであったに違いない。
大御所と呼ばれる映画監督が大作、秀作を発表する反面、フランスからはゴダールがやってきて、日本でも大島渚が『青春残酷物語』を発表した年でもある。このことを考えると、時代が混沌とすることを示唆する分岐点となる年でもあり、映画業界としても注目に値する年であった。
まだまだテレビの普及前夜で、映画が娯楽の主流だった頃の話である。
橋本忍の脚本もそうだが、カメラの中井朝一、美術の村木忍など直接間接を問わず黒澤組で鍛えられた職人軍団がこの映画を支えていることも重要な要素。堀川弘通本人が黒澤組でチーフ助監督を任された人だけに、映画の画面から納得できる主張が伝わってくるようだ。
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