[コメント] あの子を探して(1999/中国)
映画を見終った人むけのレビューです。
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物語を子供が演じているのではなくて、子供達のアクションが物語を作っていってるのでは、と錯覚させられそうになった。この子供たちは、大人たちが考える予定調和や因果関係といった枠から軽やかに脱している。以下のような教訓めいた要素を含んでいるとはいえ、全く一筋縄ではいってない。
「信頼関係はつなぐものではなくて、つながるもの」
代行の女の子と生徒の間に生まれる信頼関係。そもそものきっかけからして誤解というのが素晴らしい。ホエクーを必死に探そうとする代行先生の姿に反応していく子供達。でも先生本人は自分のことで頭いっぱい。思惑は違っても一生懸命行動していくうちに、みんな熱にほだされて連帯感が生まれていく。そんなことに疑問を抱くのは大人の感覚であって、子供達にとってはそんなことより同じ空気を吸って同じ結果を達成するために行動を起こした事の方がはるかに大切であったりする。ここにあるのは、美談的な信頼関係ではなくて、共犯者意識そのもの。
「本当の勉強は黒板の下に落ちてたり、教室を出てはるか向こうまで続いてる」
とはいえ、課外授業的なとってつけた安易さが全くない。あくまで必要にかられてさせられてしまう勉強。しかも正しい答えをその場で導いてないところが素晴らしい。その場で終わる勉強は教室の授業の枠を出てないと思うし、逆に大人がしてあげられることを考えさせられてしまう。
この映画の子供たちは、その切迫した状況ゆえに行動の引き金にいちいち金が絡む。そのことはとてもリアルな現実として素晴らしい描写だとは思う。ただ願わくば経済的貧困や田舎が抱える問題ということを、映画のテーマとして前面に出すのではなくて、あくまでリアルな背景として留めておいて欲しかった。よってラストが残念。代行先生がテレビ局でカメラの向こう側の大人を味方につけてしまったところから、生き生きした子供達の姿にある種のフィルターがかかってしまったような気がする(とはいえカメラの前でのうろたえ振りは、あまりに素晴らし過ぎるが)。
ともあれ久々の魅力的な子供映画。ここ十数年を考えるとホウ・シャオシェンといい、エドワード・ヤンといい、チェン・カイコーといい、アジアは子供映画の宝庫なのでは、と思ってしまう。そろそろ日本発の子供映画の傑作が出てきてもいいのでは・・・・?
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