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[コメント] アマデウス(1984/米)

僕の結末。救いが欲しかった人へ。
ebi

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 僕がこの映画をはじめて見たのは、テレビ番組だった。長い映画なので、当時、小学生だった僕は途中で疲れて眠ってしまった。しかし、眠ったところが悪かった。サリエリが黒いマスクをかぶって、はじめてレクイエムを依頼しに来た所だったのだ。

 今回、改めて見るまで、僕の『アマデウス』の結末はこうだった。

 ……黒いマスクをかぶってレクイエムを依頼しにきたサリエリ。モーツァルトは彼に父親を重ねた。サリエリは彼にとって父親は脅威でしかないと思っていた。サリエリの計画は彼に父親の脅威と金銭的な面での圧力によってジワジワと追い詰め心労死させるというものだった。

 ところが、サリエリの計画には誤算があった。モーツァルトにとって父親は脅威以上に愛情の対象だったのだ。モーツァルトは父親に認めて欲しかった。いつか、小さい頃の様に「よくやったな」と笑いかけてほしかった。しかし、それを成す前に父親は逝ってしまった。モーツァルトは思いの行き場が無くなる事を恐れ、これまで父親の死を受け入れられなかった。

 黒マスクのサリエリ(父親の亡霊)の出現は、これまで目を背けていた事を思い知らされた。そしてレクイエムの作曲はモーツァルト自身が父との決別の覚悟、そして自分の非を認める事に作用した。かくしてサリエリの策略は、ついえた。父親の肖像画の元でモーツァルトはこれまでにない謙虚な気持ちでレクイエムを書き上げた。

 数日後、黒マスクの下ほくそ笑みながらサリエリがやってきた。ドアの向こうに精神的にボロボロになったモーツァルトを夢見て。ところが、そこにあったのは、自信に満ちあふれた天才の顔だった。たじろぐサリエリにモーツァルトは譜面を差し出しこう言った。

「曲は完成した。これまでで最高の出来だと自負している。だが代金を受け取るわけにはいかない。あなたには申し訳ないが、このレクイエムは私の父親と私自身の為に書いた。もし、あなたが気に入らなければ、すぐさま破ってくれて構わない」

 もちろん、サリエリはそうするつもりだった。しかしモーツァルトの手からひったくった譜面を見てサリエリは目を見開いた。深い懺悔と慈愛の中で書き綴ったレクイエムはサリエリにも懺悔の思いを呼び起こさせたのだ。“ああ、私はなんて愚かな事を……”サリエリは全てを理解した。今の私は父親だ。彼の父親ではなく私の父親だ。父親に脅威を感じていたのは私ではないか! 私は父を憎み、彼は愛した。私は父以外の全ての人に認められたかったが、彼が本当に認められたかったのは父親だけだったのだ。神めっ! 神めっ! ……お前は私に才能を与えず彼に才能を与えた。しかし彼もまたおまえによって苦しみを与えられた者だったのだ。

 マスクをかぶっていては涙を拭う事もできない。また泣いている事を彼に悟られてはいけない。サリエリは譜面を手にしたまま去ろうと背を向けた。モーツァルトは怒りの面の裏にあった笑いの面に小さい頃に見た父親の笑顔を重ねた。「ありがとう。あなたに感謝する」サリエリの心から怒りや嫉妬が消えた。残ったのはモーツァルトへの尊敬と共感の念だけだった。彼を殺さなくてよかった、サリエリは背を向けたまま心からそう思った。

 ところが次の瞬間、背後からモーツァルトの悲鳴が。振り返ったサリエリの目に信じがたい光景があった。悲痛の表情で倒れるモーツァルト。その背後でナイフを手に狂気と畏怖が入り交じった笑顔で震えているのは……自分が雇ったあのメイドだった! 彼女はサリエリを盲目的に信じており、その目的も察していた。「旦那様の代わりに私が……、私が! ハハ……ハハハ!」天才の家での密偵に心労を募らせていたのは彼女だったのだ。

 サリエリは怒りとも悲しみともつかない叫び声をあげながら走り寄り、マスクを投げ捨てモーツァルトを抱き起こした。モーツァルトは薄れる意識の中でサリエリに微笑みかけ、血まみれの手をレクイエムに伸ばした……が、ついに届く事なく事切れた。サリエリは声にならない叫び声をあげた。雪の降る路地に狂ったメイドの笑い声だけがむなしく響いていた。悪夢に対する神の嘲笑の様に。

 語り終えうなだれたサリエリに神父は言った。「あなたは十分苦しまれた。例え神が許さなくても、私はあなたを許します。神の子ではなくあなたと同じ凡庸な人間として、私はあなたを許します」泣き崩れるサリエリの肩にそっと手をかけ、神父は部屋を出た。残ったサリエリは人生を振り返りながら、あのレクイエムを弾いた。とてもおだやかで満たされた気持ちで。その旋律は、部屋を出た神父の耳にも、他の患者の耳にも、全ての凡庸な人間の耳にやさしく届いた。レクイエムを弾き終わると老人は静かに安らかに眠りについた……。

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 今回見直すまでの約20年間は長過ぎた。事あるごとに考え、筋は変わった。中にはモーツァルトが死なない結末やホラー映画みたいになっちゃったものすらある。僕なりに何度も何度も熟考し、ここに行き着いた。安っぽい三文小説みたいだけど僕にとって『アマデウス』の完結はずっとこれでいい。

凡庸なればこそ、凡庸な人間の代表者たるサリエリにも救いを。

(評価:★5)

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