[コメント] トニー滝谷(2005/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
告白しますが僕は中学生の頃ノルウェーの森をいつも持ち歩いてた生粋のハルキストであり、
舞台に何度も足を運ぶイッセー尾形の大ファンでもあり、
しかも市川準という監督の、日常をデッサンしたような映画が昔から大好きな、
そんな僕にこの映画を贔屓目に観るなと言うのは無謀です。
批評は詩的でなければならないと教えてくれたのは村上春樹でした。
たったひとつかふたつの平易な言葉や台詞は、
無数の難解な言葉の羅列にいつでも勝っているのだと。
「トニー滝谷」という短編は、僕の中で特に意識したこともない作品でしたが、
こうして忠実に映画化されてみると、
村上春樹特有のありふれた喪失感とでも言うべきものが、
色の少ないフィルムにしっかりと定着していて、
例えば「〜と思った」という語尾の春樹っぽい言い回しを、
西島のナレーションがぶつぶつと呟くとき、
無条件にこの映画はいい映画だ、と降参してしまうのを勘弁してほしい。
カメラがパンして時間軸がどうのとか、
坂本龍一のピアノが永遠鳴ってるとか、いろいろあるだろうけど、
トニー滝谷を演じるのに際して、イッセー尾形の蓄積された孤独が功を奏したのは間違いのないことだし、
村上春樹の文章の何気なさを音声に変換するのは、市川準にとってみればお安い御用だったのは確実です。
ほとんどのシーンを野外に組んだ簡素なセットで撮影したという工夫は、
たぶんガラスの入ってない大きな窓から、雲やビルが見えていて、
とにかくいつでも風が吹いていて、この映画をからりと乾燥させてくれる。
小沼栄子の元恋人がトニーに吐き捨てた台詞の、なんと乾いていることか。
生々しく残酷なものを観たり、聞いたりしてみたいと僕らが少し要求しても、
この映画が映し出すのは、からりとした絶望感や喪失感だけで、ちっとも痛くないのです。
小沼栄子が焼かれた夜、トニーはそのお骨を置くと泣くのですが、
そして外では哀しく雨が降っているのですが、
不思議に乾いていて、ただただ、美しいのです。
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