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[コメント] 親切なクムジャさん(2005/韓国)

“復讐三部作”のトリを飾るに相応しい〆。(reviewには本作および『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』のネタバレあり)[九段会館 (試写会)]
Yasu

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







◆前作までと本作の差異

復讐三部作の1『復讐者に憐れみを』では、社会の歪みが若い男女を間違った行動に移らせる。その結果は、果てしなく続く復讐の輪、終わりのない負の連鎖であった。

その2『オールド・ボーイ』は、姉弟の相姦関係を覗き見た男が、やがて自らも娘との相姦関係に知らずして陥れられる。それは、誰でも容易に姉弟と同じ立場になり得るのだ、被害者であると同時に加害者たり得るのだというメッセージに繋がっていた。

そして、本作。

ヒロインの復讐の対象は幼児殺人鬼である。ここが前2作と決定的に違うところだ。前2作では、復讐する側にもされる側にも、止むに止まれぬ事情と、それによる何らかの同情の余地があった。この作品はそうではない。絶対的な悪として描かれている幼児殺人鬼には、止まれぬ事情などあろうはずがない。そしてもちろん、(少なくとも一般的に見れば)同情の余地もない。この設定はクムジャの復讐を正当化するための担保と取れないこともなく、作劇上の弱点になってはいるかも知れないが、ある意味このほうが安心して観ていることができると言えないこともない。

◆赤のアイシャドウは復讐の色

クムジャは復讐する。それは、かつて引き離された娘のため。母親らしいことを何一つしてやれなかった娘への贖罪のために、教誨師が差し出す白い豆腐の皿を覆し、クムジャは復讐を誓う。

赤いアイシャドウを引き、煙草をふかし、謙虚な態度も見せようとしない。そんな彼女に、刑務所時代を知る人たちは「貴女は変わってしまった」と言う。しかし、彼女は意にも介さない。

映画はしばらくの間、復讐の計画を着々と実行するクムジャと、かつて刑務所にいた頃のクムジャの姿を並行して描いている。これは上手い演出だと思う。冒頭であれほど連呼され、タイトルにもなっている「親切なクムジャさん」が、実は単純に“親切”なわけではないことが分かるからだ。

確かに、クムジャは所内で困っている仲間には助けを惜しまない。高齢の囚人の世話をしたり、いじめを受けている新入りを救ったり。しかし一方では、いじめている側に対しては容赦なく、風呂場に石鹸を仕掛けたり、あまつさえ漂白剤を料理に混ぜたりしているのだ。

そんなクムジャは、周りの人物の助けを借りたり、時には利用したりしながら、計画をじりじりと進めていく。

そうして、ようやく追いつめたペク。

彼の携帯に付けられたアクセサリーを見て、彼女は真相を悟った。そして、手を下すべきは自分がではなく、犠牲者の子どもたちの父母がだということも。

◆クムジャは親切だった

クムジャに協力したのは刑務所時代の仲間だけではない。ケーキ店の店主とその店員、そして刑事までも巻き込んでいく。手元の怪しい店主にはケーキ作りの腕を、若い店員には一夜の快楽を分け与えたクムジャ。しかし何の利益も受けていない現職の刑事をも彼女の側に引き込んだものは、いったい何なのか?

先述したことの繰り返しになるが、クムジャは困っている人に優しかった。

「小さな罪には小さな罰を、大きな罪には大きな罰を」とは劇中でクムジャが言うセリフだが、別の言い方をするなら、理由もなく虐げられている者にはより優しく、理由もなく虐げている者にはより厳しく、そんな信念だともいえよう。彼女は、その信念をただ愚直に実行していただけに過ぎない。

親切と言うよりは、正義と言い換えたほうがしっくりくるかも知れないが、少なくとも周囲にはそれが親切に見えた。人々はそこに魅かれたのだろう。

クムジャは刑務所時代と出所後で変わってしまったわけではない。復讐のためだけに周囲の人に親切にしていたのでもない。彼女は、本来親切だったのである。

ペクの話に戻ろう。彼に復讐することを願っているであろう人間が他にもいる以上、自分ひとりだけでこの男を葬ってはならない。彼女はそう考えて、犠牲者の遺族を呼び集めた。

もちろん、今更になって自らの手を汚したくないと考える遺族もいる。すでに人を殺した経験があるというクムジャに任せることもできたはずである。にも関わらず、彼らは自分たちがやるべきだという結論を導きだした。それは、呼んでくれたクムジャの親切に報いるためだった。

クムジャは手を引く。そして、遺族たちが彼を屠った後になって、彼女は2発の銃弾を撃ち込むことのみで、自らの役割を終えるのだ。

◆白いケーキを携えて

目的を達したクムジャは娘のところに戻っていく。

最初、娘にケーキを食べさせようとしたクムジャは、娘の一言で自分がケーキに顔をうずめる。娘のためには、まず自分が白い心に戻らなければならなかったのだから。

それでも、娘は分かっていたはずだ。母親がしたことはすべて自分のためだったこと。そして、自分の母親は、やはり結局「親切なクムジャさん」なのであるということを。

豆腐代わりの白いケーキにむしゃぶりつくクムジャに、娘は後ろから抱きつき、労りの言葉をかける。

復讐者が許しを受ける瞬間。

ここに、すべての復讐は完結する。

(評価:★4)

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