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[コメント] ゾディアック(2007/米)

これぞ“マニア冥利”ってやつです。これを心底「羨ましい」と思える人も確かに存在しますよ。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 そもそもゾディアック事件はアメリカの凶悪犯罪史上でもかなり特異な位置づけにあり、古くから多くの映画で参考にされている。有名どころだと、『ダーティ・ハリー』とか『羊たちの沈黙』(1991)があるが、その中には確かに『セブン』も入ってる。フィンチャーは再びこの場所に戻ってきたのだ。

 他のフィンチャー作品はともかく『セブン』にはかなり思い入れがあるため、本作はとても楽しみにしていたが、世間的な風評はあまり良くないのがちょっと気になっていた。

 それで拝見して、なるほど、これはあまり良い評判が取れないなあ。と思えたことがいくつか。

 2時間半を超える時間は長すぎたことと、物語そのものが淡々とし過ぎていたと言うのが一番の問題点だっただろう。これが事実を元にしないアクション作であったなら、主人公側は危機の連続に晒され、最後に派手なドンパチ持ってきて、犯人は逮捕され、めでたしめでたし。に出来たのだが、あくまで事実を追う本作の場合、銃を撃つのは事件を起こした犯人が一方的に撃つだけ。主人公側はひたすら調査調査で、ただ時間が経過していくだけ。事実、たまたま映画館出る時に同じ映画観ていた二人連れの声が聞こえていたが、それは「よく分からなかった」「寝てた」というものだった。

 確かにこれ、アクションとかサスペンスを期待しすぎた人にとっては退屈なんだろうな。とは思うのだが、私にとっては、これは声を大にして「面白い!」と言ってしまえる。いや、正確に言えば「感激した」だろう。

 どんな世界にもマニアというのが存在する。それはある特定のものに対する収集癖であったり、情報を仕入れることであったりする訳だが、多くの場合マニアのやっかいな点は、終わりがないと言う点にある。どれほど素晴らしいコレクションを手に入れても、収集癖は収まらず、「もっともっと」と思ってしまう人というのは少なからず存在するし、殊に情報関係であれば、いくら手に入れても、どんどん新しい情報は生じてくる。はっきり言えば、終わりを特定しにくいのだ。

 こういったマニアの終わらせ方というのは、本人の死という形で終わる場合もあるけど、そのモチベーションが下がって、なし崩し的に終わる場合がほとんど。

 しかし、中には、明確に終点を持ち、そこまで到達出来る人もいる。マニアとしてはこれほど素晴らしい終わらせ方は無かろう(尤も、終わったからと言って、新しい対象が出来ることが大半だろうけど)。

 本作の主人公グレイスミスはそれが出来た珍しい人物だった訳だ。

 彼がゾディアック事件に払った代償は極めて高く付いたし、ゾディアックを見つけたからと言って、何ら自分の得になることもない(本は売れただろうけど、それはあくまで副次的なもの)。しかし、それでも突き詰めずにはいられない。本当のマニアの姿がそこにはあったのだ。どれほど時が経とうと、ただ自己満足のためだけに突っ走ってるその姿は、素晴らしい!の一言。しかも彼はそれが自己満足であることを充分自覚しながらも、明確にその終点を設定していた。彼の望みは「ゾディアックの目を覗き込むこと」。これは何も真犯人が捕まることと同義ではない。自分が「こいつだ」と確信した、その人物であれば良いのだ。そしてそれが出来た…この瞬間、彼の旅が終わったんだ。と思えた時、本気で「羨ましい」と思えてしまった。

 彼のしていることは、多くの人間には理解できないかもしれない。そこに至る過程が描かれていないので、何でここまでして犯人を追及する必要があるのだ?と、その動機が分からないまま終わるだろう。だから単に長いだけの作品にしか思えないのではなかろうか。

 だけど、実の話を言えば、そんな動機なんていらないのだ。それこそ強迫観念のように追いかけずにはいられない。それがマニアというもの。そしてそれを果たすことが出来た人間というのが描かれてる。それをここまで丹念に描いてくれた。それだけで充分じゃないか。

(評価:★5)

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