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[コメント] トウキョウソナタ(2008/日=オランダ=香港)

ホームドラマを描きながら、ホームドラマらしからぬ変なものを見せられたような違和感が、小津安二郎の作品の後味のような。そういう意味で忘れられぬ「ホームドラマの傑作」と私は言ってみます。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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日常のすぐ隣にあって、情感の伴わない唐突に訪れる恐怖。こういう描写を愛し、得意とし、とことん追求してきたホラー作家黒沢清監督にしかかけないホームドラマだと思う。面白かった。これ脚本家の持ち込み企画らしいけど、黒沢監督にこれを持ち込むっていうのはいいセンスしているなあと思う。

それぞれが個別の社会を持っている個人が、「家族」というだけでいっしょの空間に住んでいる。お互いが何をしているのか、何を感じているのか、何を考えているのかわからない者同士なのに、「血のつながり」などという不可視な根拠だけで、こんなに無防備にくっついて暮らしている。危ういものでしかないもので均衡を保っているだけのものがいつ崩れてしまうのか?、「ホームドラマ」というのは、そういう恐怖なのだ、と言っているようだった。

一例をあげれば、個人の尊重のために、親でさえ勝手に立ち入ることを禁じられた子供たちの部屋、というどこの家庭にでもある居室は、ホームドラマのヒロインたる母親にとっては、屋敷に伝わる「開かずの間」であって、「扉の陰の秘密」を知ろうと、しばし部屋の前でためらう母親を、西日が不気味な陰影を落す廊下の中に描く。子供の部屋に残された書物のタイトルや走り書きは、いつの間にか自分から分化したとは思えない生き物が、そこを巣に生育していたことを示唆するのだが、これも親だったら、自分の子供が自分の知らない種類の本を読みふけっていることを知って(エロ本もその一つ)、ギョっとするというようなこともありふれたことだ。それを猟奇殺人の容疑者と思しき人物の部屋にプロファイルに訪れたような捜査官のような目線で見させてくれる。夫の価値観に従順に従い母親の役割を粛々とこなしていたかのような小柄な妻が、1段床の高くなったダイニングから夫に「そんな価値観潰れちゃえ」と言い放つ。キョンキョンの表情に鳥肌がたつ。なんとか虚栄を装っていた友人は、あっけなく自殺した。こういう描写の積み重ねが、日常生活(ホームドラマ)が恐怖と隣合わせであることを実感させてくれるのだ。

他人同士が無自覚に共同生活を送っている恐怖(あるいは滑稽)を見せられることで、「家族というものは、いつしかそういう集まりになってしまった…」という目線で家族の崩壊を嘆いてみせるという、これまでのホームドラマのような描き方が、何か、とっくに通過済みの古びた問題意識で悩んでいるような「ふり」をしてきただけのような気にさえさせてくれる。

夫がワゴンに轢かれ、妻が強盗に拉致され、息子が密航をくわだてる「ある日の冒険」のシチュは、「自分だけの秘密を持っている家族」という状況を、いっそ極端に描写してみました、みたいな監督の意図が感じられて面白いなと思う反面、そこだけはとても「映画的(砂浜の轍がそのまま波の中へと続いている画など…)」になってしまって、ふつうのホームドラマにほんの僅か恐怖をチラチラ感じさせるくらいギリギリ平板に日常を描いていた面白さみたいなのが、一気にフィクション化してしまうようでもあり、ちょっと残念だった。

救いは思いがけないことで訪れる、というラストもホラーっぽいといえばこじつけ過ぎでしょうか?

(評価:★4)

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