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[コメント] グラン・トリノ(2008/米)

煮えきらない英雄。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 映画的な興奮はまったくなかったですね。少なくとも私にとっては。ただ一方的に殺られっぱなしなだけではね。タオの周囲からチンピラ連中の勢力を排除する、という目的にも効果的かどうか疑わしいですし。映画では、目撃者がいた、とされていて、これは東森が丸腰であったことを法廷で証言してくれる、ことを想定しているのでしょうが、「目撃者」は彼が連中を挑発していたことも目撃したはずです。連中を煽って、自分に攻撃させるよう仕向けたことをね。金品を奪い取るために計画して人を殺すのと、自衛のつもりでとっさに殺したのとでは、罪の重さも違うはず。平均的な弁護士でさえあれば、街の人の証言を得て、東森がもともと自殺願望の持ち主だったと陪審員に印象づけることも可能でしょう。チンピラどもの皆が皆、10年20年の刑期をくらうことになるとは思えない。数年で出てくる奴が大半、として、そのときタオは、もはや東森の助けを借りることはできないわけです・・・。

 私がこんなことを書くのは、東森のとった行動が非現実的でおかしい、と言うためではないです。例えば、任侠映画における高倉健のような、単身敵陣に乗り込んで、敵をメッタメタに斬り殺すスタイルの≪英雄的行動≫と比べ、東森の復讐スタイルは現実的である、と主張する人が出てきた場合に、いやそんなことはないよと言うためです。方向性は違えど、ある種の妄想に基づくフィクショナルな英雄行動として、同じ類のものでしょ、と。非現実的であることそのものは問題ありません、映画ですので。私の立場では、高倉式殴り込みスタイルには興奮を覚えるが、東森的無抵抗主義(?)のそれには覚えない、という違いがあるのですけど。

 東森の行動を、代理行為として受け止め、一定のカタルシスを得る人には、おそらく自殺願望がある。もちろん明白な自殺願望の持ち主であれば自殺するのでしょうから、漠然とした、心の底に澱のように溜まっているような、はっきりとしない自殺願望。これは、閉塞した現代社会に生きる人間であれば、誰もが持っていて不思議でない。その意味で、東森がこの作品で描いた英雄行動は、現代社会の英雄像であると言えると思います。弛緩した現代の、煮えきらない英雄像。ちょうど1960年代に、世でくすぶっている人間が、世の中に不正義がまかり通っているためだと漠然と考え、その代償行為を高倉健に見て、カタルシスを得たのと同じように。だからこそ東森は、勇壮に、容赦なく徹底して、美しく死ななければいけなかったのだ、と思いました。

65/100(09/08/29記)

(評価:★2)

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