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[コメント] ゼロ・グラビティ(2013/米)

ポップコーンはオススメしない。というか上映後周りを見渡すと、持ってた連中は誰一人食べきれてませんでした。これはそういう映画。
steeling

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まずこの映画、ハッキリ言って映画的芳醇さとしては相当にダメである。 カット回しやら画面のアップの使い方やらは好ましいとは言えない。 セリフも展開の添え物で芸がなく、またテーマもあまりにシンプルに過ぎるし、それを示す絵も直喩的だ。

だが、この映画は没入感に特化した現代のエンタメ映画として今までに無いほど優れている。というか究極的ですらある。

まず映像。長回しの多様と同時に酩酊感の伴う回転するアングル、距離感を失わせる超ロングショット、表情大写し、主観的視点といった禁じ手を3Dで連打して、 見ている側をいかに呼吸困難に、混乱状態に、そしてスクリーンに釘付けにするか、という事に特化している。 特に素晴らしいのはカメラワークと無重力描写で、正直この地上でどう撮ってるのか想像も付かない。

また、この映画はそもそも映画館という視聴環境を利用している。 真っ暗で、動けず、そもそも基本的に自由が効かず、じっと正面を見ている事しかできないという異常事態、 という状況はそもそも映画館で映画を見ているという状況の経験性そのものだ。 FPSゲームでは直感的に動ける事で没入感を強めるが、宇宙の映画では直感がアテにならず、動けない事が没入感に繋がっている。 最初にサンドラ・ブロックを襲うあの状況をじっくり見せるのは鑑賞者を同じ場所に引きずり込む魔法だからだ。

そして、ストーリーは徹底的にシンプルにゲーム感覚の段階的な展開の流れと生と死で纏められているが、 これも前述の通り没入感に特化するのなら当然の事である。 生死という誰もが持つ素朴な主題からそれ以上は進んでいかないのは、あくまでお話は端役であり、 観客の体験性を優先してる事を示している。 脚本が複雑化してればそれを弄る面白さは得られるが、途端に鑑賞者は主人公から離れていくという 没入感を重視したエンタメの問題をこれだけ周到なスタッフが知らない理由がないだろう。 それでもこの映画のストーリーがが何となく映画的なものを保持しているのは 細かいセリフの使いまわしによる意味の積み重ねと変化が上手く機能しているからだ。

この色々と攻め過ぎた映像、削ぎ落とし過ぎたストーリーをギリギリで映画として持ちこたえさせるのは 役者の魅力的な顔と身体である。 いちいち小粋なジョージ・クルーニーのノリも大事だろうが、やはり何よりも サンドラ・ブロックの表情、声、そして無重力を泳ぐ肢体の美しさがなければこの映画は破綻していただろう。

また音楽はこの映画の攻めすぎた作りと比べるとベッタベタに映画的な用い方が多用されている。 そういうバランスでないと、これは最早現代映画であるのかどうかですらも危うい所まで攻めきっており、 映画だなと思わせるのはその音楽が強調され流れるシーンばかりだ。

また90分という短さも非常に引き際を弁えた作りである。 これ以上続けばこの映画の鑑賞者を追い詰める志向と 終盤のそれまでから比べるとややリアルから飛躍する展開に疲れた所から没入感を引き出すのは難しかったであろう。 前述の魔法の切れ際にはこの映画は既に終わっている。

総じて映像、技術、環境と設定、役者、脚本、音楽、上映時間。 どれか一つを欠いたらこの作品は成り立たなかったと断言できる。 この映画自体がある意味没入感という宇宙と向き合い、試行錯誤したエンタメ達を研究し また運に恵まれながらも、ギリギリまで映画的芳醇ささえ削ぎ落とし、それでも現代映画として生き残った奇跡的な生還者だ。 その結果、没入感から生まれる体験性と他の人が語っている通りこの映画のメッセージは両立し、しかもシンクロしており、 そしてそこから開放されるキレのいいエンディングのタイトル表示の快感は半端ではない。

加速度的に発展したCGにより生まれ、ゲーム、ドラマ、そして映画を横断的に支配した アメリカのエンタメ業界00年代のトレンドの一つである没入感。 そしてその黎明期からその力を既に伴っていた映画からの究極の回答であり、ある種の限界だろう。 劇場で見ない理由はない、というよりこのギリギリの映画はそうでなければ退屈な何かに成り下がる。

そして当たり前の話だが、宇宙ではポップコーンなど食べてる暇はない。その分のお金をIMAX3D特別料金に支払って是非。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (7 人)はしぼそがらす[*] ナム太郎[*] おーい粗茶[*] 3819695[*] プロキオン14[*] ぽんしゅう[*] 緑雨[*]

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