[コメント] すばらしき世界(2021/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
日本映画界きっての才媛=西川美和。頭が良すぎて蛇に足を描くようなこともするけど、とにかく巧い。惚れ惚れするほど巧い。巧すぎて鼻につく(笑)。 前作『永い言い訳』の冒頭シーンなんか完璧すぎて、私は映画史上に残すべき完成度の高さだと思ってるくらいです。
この映画のファーストショットも「これしかない!」って画面(えづら)。しかも今回は笠松カメラ! 建物内から見える窓外。これは、主人公から見た「世界」なのです。 映画のラストは真逆のショットで終わります。主人公が住んでいたアパートの外観。つまり、彼のいた「世界」なのです。 キムラ緑子が持ち出す「空が広い」というキーワードで、空の見えない狭い世界のファーストショットが俄然意味を持ちます。
この映画、巧すぎてのど越しスルスル飲み込めちゃうので、終わってみれば「想定内のどーってことない話」に受け止められかねません。 ですが、実に様々な物語が描かれています。 上述した例で言えば、主人公=役所広司の知る狭い世界から広い実社会での顛末までの物語と言えるでしょう。 しかし、彼が実際に窓外に羨望の眼差しを向けることはありません。彼が視線を向けるのは、走り去るバスの車窓から見える小さくなっていく刑務官(=過去の自分の居場所)です。しかも悪態つきながら。その前の「腕時計(=時)が動かない」という描写も含め、過去の呪縛がつきまとう話なのです。
この映画の主人公は役所広司ですが、仲野太賀が狂言回しを担います。 太賀視点で言えば、「身分帳」で知った人間と風呂で背中を流すほど生身に触れる物語と言えるでしょう。文字面だけでは分からない人間味を知っていく話なのです。 これは西川美和自身の視点かもしれません。 初の小説原案の映画化。文字上の人物から立体的に生身の人間を浮かび上がらせていく作業に重なるような気がします。
ただ、そう考えて、鑑賞中に抱いていた微かな違和感にハタと思い当たりました。 西川美和(あるいは笠松則通)は、役所広司演じる三上という男よりも、役所広司そのものを撮りたがっている気がしたのです。実際、いつもの西川美和よりアップが多い気もしますし。 いや、役所広司が巧すぎて、私が勝手に「役所広司という役者を見るフェイクドキュメンタリー」に思っちんですよね。まるで「北区赤羽」山田孝之。
また別の視点で見ると、「女性の役割を問う物語」とも考えられます。
この映画に登場する女性を考えてみましょう。 まず医者。そして山田真歩演じる警察官。この2人に共通するのは、「激しい運動は控えるように」「免許の再交付は出来ない」と「ルールを課す」ことです。 もちろん、13年ぶりの娑婆が女性が活躍する時代になったという表現でもあるでしょう。 しかし私が興味深いと思ったのは、主人公の行動を制限する役割が女性に与えられていることです。前作『永い言い訳』でも重要な局面で山田真歩を投入している西川美和ですから、意図があるに違いありません。
もっと言えば、長澤まさみ演じるテレビ番組プロデューサー。スカート、ノースリーブ、ボディタッチと、もう西川美和の悪意しか感じない「THE女」(笑)。 彼女は、役所広司ばかりか太賀の行動すら支配します。 逆に言えば、橋爪功や六角精児、北村有起哉や白竜に至るまで、男どもは役所広司の(感情は動かせても)行動を変容させることができません。 「怒りそうになったら私達を思い出して」と諭すのは梶芽衣子ですし、「逃げて!」と説き伏せるのはキムラ緑子なのです。
さらに登場する女性たち。安田成美の元妻、姿を現すことのない母親、ピロートークするソープ嬢。成瀬に『娘・妻・母』って映画がありましたが、ある意味、母・妻・恋人(の・ようなもの)という、社会が求める(男社会が望む)女性の役割もキッチリ描いてきます。
前々作『夢売るふたり』で「女性の生き様」を、前作『永い言い訳』で「女性のいない世界」を描いた西川美和。本作でも、女性の物語を忍ばせていても不思議はありません。
余談
検事役がマキタ先生なんですが、たしか『ゆれる』の時はキム兄だった気がします。 もしかすると西川美和の目には、裁判がコミカルに映っているのかもしれませんな。
余談2
ただ私は、『そして、生きる』であるべきだったと思います。 クソみたいな野郎を殴るのを我慢しながら、梶芽衣子に代わって「恨み節」を歌いながらでも「それでも、生きていく」。それが本来あるべき『すばらしき世界』だったのではないかと。美談でまとめちゃう必要はなかった気がするんだよなあ。西川美和の悪癖、故事通りの蛇足。こういう所だと思うんだよなあ。
(2021.02.11 TOHOシネマズ日比谷にて鑑賞)
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