[コメント] 桜桃の味(1997/イラン)
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人生についての味わいぶかい作品。ラストが主人公の帰結をうちだしていないから だめだというのは、あまり問題ではないと私は考える。なぜなら、はじめから自分に土をかけてほしいと願い、ついには仕事中の相手を呼び出してまで石を投げて肩を揺すってほしいと願うあたり、いくら主人公がそれでも穴に入ろうとしたところでそれを見守る世界が彼を死にもっていかないことは明白である。本作はその過程の対話の部分(というよりも、相手の話がメイン、主人公は記号に過ぎないから)こそが大事な作品であり、いわゆるオチなどとは無縁だからである。
ただそれでもわからないのは、だったら穴に入るところ、もしくはその前の時点で話を終わらせてもいいはずなのに、わざわざあのラストを挿入したゆえんである。そこの解釈はかなり見た側でそれぞれ分かれるところなのだろうが、私は主人公の生活背景や自殺の動機などが明らかにされなかったのと同様の形で、主人公の存在が作品の主題のために設定した役であったことを敢えて強調するためだったのだと思う。それは映画からの逃避なのかもしれないし、他の作品でそのようなことをされるとたぶん私も怒りを顕わにすると思う。ただこの話で主人公を記号的にする意味、そもそも彼は本当に自殺を考えていたのかすら怪しくしてしまう意味は、他の方もたくさん触れているが、その対称の「生」をくっきりさせるためだったのだと思う。『うなぎ』において手紙を出した存在、『ディスタンス』において車とバイクを盗んだ存在が明らかにされないのと同様、一歩間違えればご都合主義になり得るところを、ぎりぎりで映画的表現にしている(と私は思うのだが)キアロスタミの才を買いたい。他の方の指摘のように結論めいたものを回避するということも、彼の『そして人生はつづく』などでもその傾向が現れているようにあり得ることだと思う。
何よりもこの作品の魅力は、これだけシンプルな展開で人生を語ってしまったことでありそのことに驚嘆する。また、イランとイスラム圏についての見方を考え直す気にまでさせた瞠目すべき作品であると思う。
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