[コメント] ピアニスト(2001/仏=オーストリア)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
映画を見ながら、数年前に出版された永沢光雄の『AV女優』という 本を思い出した。風吹あんなという女性が、「SMと出会っていなかったら 気が狂ってたかもしれない」という見出しで、永沢のインタビューに 答えているのだが、風吹さんは、ちょっと、この映画の主人公に 似ているのである。(最近、この風吹あんなさんは、AV女優からAV監督になったらしく、ダ・ヴィンチなどにも時々出るので、名前を目にした人も多いはず)
この風吹さんなる人は、劣悪な家庭環境に育ったけど、グレた結果AV女優に なったわけではないらしい。何故なら、彼女は、とても印象的な言葉を 残しているからだ。
「家庭のことは先生にも友達にも相談したことがありません。もちろん 彼氏にも。家庭のことがバレるのが嫌だったんです。だからいつも 笑っていた。それが癖になって、いつのまにかどんなに辛くても、 泣けなくなっちゃった。鑑別所に行っちゃうぐらいの不良になる人たちって いるでしょ。ああいう人たちって、余裕があるんですよ。ぐれて困るのは 親ぐらいだし、守るものは何もないから飛び出せるんじゃないですか。 私だってぐれて家を飛び出そうと何度思ったか。でも私が家を出たら、 誰が弟や妹たちを守るんだと思うと…。ぐれることもできなかったんです」
風吹さんは、高校を卒業後、一般事務の仕事をするが、手取り15万円の 収入では、母や弟妹たちを養えない。やがてホステス、そしてもっと多くのお金が手に入るAVマゾ女優に転身したらしい。風吹さんは言う。
「SMを知って本当に良かったと思う。私、子供の頃からずっと大声で 泣くことができなかったんですね。それがSMプレイでは痛かったり 恥ずかしかったりしたら、おもいっきり泣けるじゃないですか。 やっと自分が解放されたっていうのかな。SMと出会ってなかったら 気が狂ってたかもしれない」
映画のハナシに戻すと、私は、この物語にさほど衝撃を受けなかった。 風吹さんのインタビューを先に読んだせいかもしれない。
こんな自分にしたステージママを、憎んでいる。けど、あなたを 愛しているのよ。昼も夜もパジャマを着っぱなしで働こうともしない あなたを守るために、レールに敷かれたピアノ人生の延長として、 あなたを養ってあげる。心のうちは、波濤のように感情は揺らいでいるけど、それを悟られないよう、無表情というお面をつけて、一生暮らして やる。けど、もし、こんな私を愛してくれる人が出現したならば…。
と、痛々しい叫びは聞こえてきたが、その叫びは、まず自分ありきで、 私の心まで届かなかった。この主人公は、なんか勘違いして いるのだ。もし、人に愛されたいのなら、自分から人に優しくしなければ ならないということを。リストカットする人は、だいたい死ぬ気はなく、 自傷行為は「こんなに傷ついてる私をわかって」という自己表現である。 この主人公も性器を傷つけ(リストカットの変形?)、 血をタラタラ流しながら、キッチンに行くが、母は、生理だと誤解する。 この女が「生理ではなく、剃刀で切ってるのよ。何であなたはわかってくれ ないの?」と思ったか定かではないが、心の叫びを、 自分以外の人に理解してもらおうと思うことが、土台無理なのである。
それでも、この女にはカッコイイ年下男が現れるのだ。因にカッコイイ男 というのは、子供の頃からモテているので、自分になびかない女を 落とすことが好きである。あるいは男とは、元々狩猟動物の本能ゆえか、 追われるよりも追うことに、血道をあげるのだ。それはともかく、 せっかく言い寄って来た男に、優しくできない女なんて……可愛くない。
この女のとった行動は、全部自己愛だ。無表情のまま、セックスで 虐められたいなんて手紙を送るのも、風吹さん的に言えば、 大声で泣きたいからだ。解放されたいからだ。でも、そのセックス願望は あくまでも自己満足。相手には、なんの見返りもない空虚なモノ。
私は思う。あなたが好きな人は、母でも年下男でもなく、 あなた自身なのよ。
友達が言っていたが、ナルシストというのはサディストなんだとか。 確かに、この女の行動を見ればわかるだろう。私を縛ったまま、母の傍に 置いてなんて、母へのイジメ。愛してると言ってくれた年下男に、 殴ってくれと懇願するのも、年下男へのイジメ。何もかも犠牲にして、 1日8時間もピアノの練習をしている(しかもその苦しみは自分が 一番イヤッてほど知ってるのに)教え子のポケットに硝子の破片を 忍ばせるのも、最たるイジメ。他人への思いやりもなく、 こんな私に誰がしたとばかりの、自分、自分、自分への愛。
これが現代人だと言うのなら、たぶんそうなんだろう。 それを暴いた映画としては秀作だとも思う。けど私は、無表情のお面を つけた女より、ニコニコ笑っている風吹さんのような女が好きだ。 例え、それが嘘だとしても…。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (11 人) | [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。