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[コメント] ミュンヘン(2005/米)

目に見える国の形と想い描かれる国の形
スパルタのキツネ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ユダヤ人は戦後、ユダヤ王国以来約2000年ぶりの念願の祖国イスラエルを再建し、この結果、生まれたのがパレスチナ難民。PLOは1976年国連にパレスチナ国家の建設が承認されているが独立には至っていない。PLOのメンバーのパレスチナ人が主人公に祖国の再建について熱く語るシーンがあったように、一つの国の再建は、同じ地域の他の民族にとっては全く違うものになる。 

当時の国家的テロ活動を比較すると、ミュンヘンのようなPLOの派手なテロ活動に対し、イスラエルは自らの存在や過程をアピールするのではなく、結果だけを不気味に残す闇の戦略(注意:テロではなく軍事的な報復はイスラエルは公然と行っている)。この違いは、想い描かれる国(パレスチナ国)と、目に見える国(イスラエル)の違いに起因しているように思われる。

以上を予備知識として。

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本作で選抜された5人のメンバーはどうもプロの暗殺集団には見えない。それは当局がモサドの組織的暗殺には見せないと意図したことでもあったのだが、それぞれメンバーに専門的知識はあるものの実経験は皆一様に乏しい。果てには、爆弾のエキスパートのはずが爆弾“処理”の専門家だったように運命を共同にするには危うい者も混ざっていた。その彼らになぜ暗殺が成し得たか?

その答えは情報だ。 彼らの情報はほとんど100%ルイ(マチュー・アマルリック)に頼っていた。言い換えると、暗殺リストに挙げられた11人に加え、その他の敵対者、果てはオランダ人女性エージェントを含むまで、彼らが殺害したターゲットは全て、ルイが暗殺許可、すなわち暗殺指示を与えたターゲットとみなすことが出来る。ルイは彼らを試していたようでもある。 何度か身の危険にさらされながらも、正体の定かでないルイの情報を信じるしかなかったのは、他に道がないからだろう。メンバーにはもともと総合的に情報を判断できるだけの情報量も解析力もなかったのだ。

彼らはそれを心のどこかで承知していたと思う。それ故に暗殺を重ねるにつれ、暗殺の焦点が鈍り始めた。事後処理専門のカール(サイアラン・ハインズ)が、彼らを取り巻く背景を心配しはじめたのも無理は無い。アヴナー(エリック・バナ)は考えても無駄だと言った。 そんなカールの心が生んだ隙だったのだろうか、カールはオランダ人女性のフリーエージェント(マリー・ジョゼ・クローズ)に殺された。

うろたえた爆弾専門のロバート(マチュー・カソヴィッツ)はメンバーから外れ、残りのメンバーはオランダ人エージェントに復讐した。しかし、この暗殺はメンバーが拠り所とする大義名分を逸脱する私怨だった。 偽造専門のハンス(ハンス・ツィシュラー)が、感情的になりその女性の死体を淫らなまま遺棄したことに後悔したのもこのためだろう。そして、カールに続き、ロバート、ハンスも暗殺された。アヴナーは家族に救いを見出すが、運び屋のスティーブ(ダニエル・クレイグ)だけが、終始、同じテンションだったのが不気味だ。

後悔したメンバーが順に死んでいったのは果たして偶然だっただろうか? 後悔は躊躇いといらざる事実の露見を生む。それを阻むとすれば、誰が・・・。 思えば、情報源について、モサドの当局担当(ジェフリー・ラッシュ)が執拗にアヴナーに問うていたが、彼に漏らさなかったは正しかったのだろうか? 情報源の秘匿を守ったが故に、ルイとパパが何者かは判らぬままだし、アヴァルは母国イスラエルまでも信じられなくなってしまった。 加えて、アヴァルの素性の全てはパパの知る所となり、その見返りは、「パパ“は”アヴァルの家族を狙わない」と言う保障だけであった。

祖国の闇主義で暗殺を実行し、転じて目に見えない恐怖におびえる事となったアヴァル。かれを空港に迎えた軍人にみられるように、祖国は彼を英雄としてやはり闇で讃えていた。 アヴァルが最も怯えていたのは、このような祖国の闇主義だったのではないだろうか。

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余談として、

メンバーの一人スティーブを演じたダニエル・クレイグは、次のジェームズ・ボンドとしてその名が知られている役者ですが、その彼が大作でキーマンを演じるようになったのはサム・メンデス監督の『ロード・トゥー・パーディション』から。この作品で彼はマフィアの大ボス(ポール・ニューマン)の息子で後にサリヴァン(トム・ハンクス)の宿敵となる卑屈などら息子コナーを演じました。 この物語、サリヴァンの息子が、コナーのあるマフィアのボス殺しを目撃したことで始まるのですが、そのボスが本作のメンバーの一人カール(サイアラン・ハインズ)なんです。奇縁ですね。

カールは、アヴナーがメンバーに偽り出産に立ち会うため帰国していたことを知っていながら、それを咎めずに「おめでとう」と、それぐらいお見通しだよとばかりに暗に言う好人物として描かれていましたね。これに対し、スティーブはアヴナーのリーダーシップを批判するなど、カールとは対照的な嫌味のある人物像として描かれていました。 

あと、毎度のこだわりですが、私の大のファンのマリー・ジョゼ・クローズが遂にハリウッドの良質な大作に出演しました!! 彼女はこれまで主にフランス映画とカナダ映画に出演しており、そちらでは近年良質な作品が揃ってきたのですが、ハリウッド出演となると、『バトルフィールド・アース』とか『テイキング・ライブス』とかで非常に細かい役に出演していた程度。ハリウッドでは作品と役に全く恵まれてなかったんですよね。 今回は素っ裸で殺されてしまうと言う酷な役柄でしたが、物語のキーパーソンとして印象深いです。 バーのカウンターで、主人公から中二人を於いて彼女を映すカットがありましたが、最高に美しいカットでしたね。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)Orpheus 浅草12階の幽霊[*] プロキオン14 JKF[*] 映画っていいね[*] 甘崎庵[*] トシ[*] ナム太郎[*]

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