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[コメント] 福田村事件(2023/日)

これは良く出来た映画だ。傑作と云っていい。喧伝されるであろう社会的テーマ性の価値にとどまらない、映画としての豊かさがある。
ゑぎ

 多分、大震災以降の惨殺、殺戮場面への話の運びがクライマックスと見做されるのだろうが、前半の、下世話な不倫話などで登場人物たちの状況をセットアップする部分なんかも、とても肌理細かく描かれていて、感嘆しながら見る場面がいくつもあった。

 例えば、福田村の人々の場面とクロスカッティングされる、讃岐から行商に出た永山瑛太たちの場面。橋の上で女の子が送りに来ている。冷やかされながらも戻って話を交わす少年。渡されるお守り。これは伏線になるだろうとすぐに思う。この行商団のパートでは、朝鮮飴を売る女性との場面も忘れがたい。朝鮮人とワシらとどっちが下かという問いかけ。女性が追いかけて来て、綺麗な扇子をくれた後の深いお辞儀。

 福田村の場面では、最初に田中麗奈東出昌大の渡し舟に乗るシーンの演出が全編でも白眉と云っていいのではないかと私は思う。小舟の中での田中の横臥は象徴的だろう。彼女の顔に寄る繋ぎのタイミングもいい。銀座の餡蜜が食べたかった。銀座どころか浅草にも行ったことねえ。あるいは、柄本明と馬のアオの場面。息子の嫁−向里祐香との関係性が既にこゝで描かれている。息子−松浦祐也との関係もだ。

 そして、東出と松浦が喧嘩になる宴会シーンも出色の造型だろう。手持ちの長回しの迫力。村長−豊原功補のデモクラシー演説が、在郷軍人会の水道橋博士によって止められ、柄本の日清戦争での武勇伝が振られるが、柄本は、生きて帰ってくることだ、と云い出して、嫁に止められる。すると東出が在郷軍人会にケチをつけ始める。そこで松浦が東出のことを間男となじって喧嘩になり、止めたコムアイは、姑にビンタされる。その夜、東出のところに来るコムアイ。

 また、フラッシュバックが一切ない。開巻からエンディングまで、全てストレートな時間軸での作劇であるという良さも指摘すべきと思う。例えば井浦新が話す4年前の朝鮮の教会での出来事なんかは、回想シーンを作ると金がかかるから割愛しているという見方もできるかも知れないが、私は、俳優の語りの方が映画として効果的だから、回想を入れないディシジョンなのだと受け取る。同様に、柄本の過去や、銀座の餡蜜なんかのフラッシュバックが無い、というのがいい。

 ただし、柄本の描き方は性急に過ぎると思う。こゝが一番物足りないところかも知れない。柄本の芝居の見せ場がほゞ無い。もっとも本作の場合、これぐらいの存在感で良かったかも知れない。いずれにしても、向里が胸をさらけ出す見せ場を導いている。

 クライマックスに関して少しだけ触れておくと、まず、関東大震災の描写は、いくらなんでも僅少じゃないか、と思ったが、これもこういうディシジョンだろう。選択と集中は常に大事であり、震災自体は選択されていないのだ。あと、事件の顛末で、永山たちが日本人だと最初に声を上げたのは田中であり井浦でなく、さらに、朝鮮人なら殺してもいい、という差別意識を糾弾したのも井浦でないという描き方は、厳しいと思う。井浦のトラウマは今後も癒されないだろう。ラスト近くの、田中と井浦を乗せた渡し舟のシーンは、そういう意味ではないだろうか。牧歌的ではあるが。

(評価:★4)

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