ジェリーさんのコメント: 更新順
ラインの処女号(1953/仏) | 犯罪の中身が、日活アクション映画なみのちゃちさなので、空想が膨らみにくい。アクションにいたっては、封切当初から古色蒼然としていたのではあるまいか。持ち味のある役者がでているだけに残念。 | [投票] | |
The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ(2017/米) | 家内と見に行ったら、家内は大絶賛。こちらはそうでもないと言うと「男にはこの味わかるまい」と上から目線でものをいわれる始末。なんでも家内の言うには⇒ [review] | [投票(4)] | |
ブロードウェイの子守唄(1951/米) | ドリス・デイの踊りを初めて見ることができる。これは貴重だろう。ジーン・ネルソンという俳優も初見。残念ながらアステアのスタイルに似すぎている。ガラス戸を挟んでの二人のダンスはMGM作品に劣らないくらい素晴らしい出来。 | [投票] | |
ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男(2017/英) | 本作品は、リーダーと妻の物語であり、リーダーと秘書の物語として読むべきである。妻や秘書が画面に登場するときに、リーダーの悩みも迷いも映像に浮かび上がる。それにしても、登場人物の「顔」が良い映画である。英国制作映画の最大の美質というべきか。 | [投票(2)] | |
美人劇場(1947/米) | 制作プロセスの大きな欠陥ゆえか、首尾結構が整わない。それでも神々しいほど美しいシーンに満ちている。本来見世物芸としてのジーグフェルド・ショーに、楽屋裏ストーリーを流し込んだ解読不能の煮凝りであるとしても、この映画はゆるぎないがゆえに擁護したい。 | [投票] | |
春のソナタ(1990/仏) | この作品を見ることは、言葉の美しい群舞を見ること。言葉たちが衝突や受容や譲歩や承認や拒否を繰り返しながら、人間関係にまつわる我々の貧しい想像力を軽々と重力圏の外まで連れて行ってくれる。脚本や演出の骨の太さには心底しびれる。 | [投票(2)] | |
タイムリミット25時(1946/米) | 都会生活のわびしさを香気豊かに描きこむ手練の見事さ。アイリッシュの墨痕を新鮮なままに映画に移植した。展開の効率性も申し分ない。しがない踊り子を見事に演じたスーザン・ヘイワードの健気さの魅力にぞっこんとなる。運転手役のポール・ルーカスの名演も記憶に残る。 | [投票] | |
15時17分、パリ行き(2018/米) | 原作者と映画との関係のありかたが一挙に革新された。ワンアンドオンリーの形だろう。実録をフィクション視してきた我々の眠った脳をがつんとぶったたく。美談の陰にある凡談を丹念に描きながら、このなんという温かさ。このあと原作者たちはどうなっていくのか、余韻は尽きない。 | [投票(3)] | |
署名ピクピュス(1943/仏) | 殺されるのは女性だが、ジャン・ティシエ扮する男を中心に据えた珍しいノワール。醜悪な動機の犯罪が抑制されたトーンで描かれる。大した理由もなく殺されてしまった被害者もいて、この苦さ、ほの暗さはとても素敵。 | [投票] | |
高い窓(1947/米) | 少しマーロウがにやけすぎている。ただマーロウものとして見なければ、テンポはいいし、黒みを帯びた美術も素晴らしいので、気持ちよく観られる。ナンシー・ギルドの女性造形は古典的なハリウッドスタイルで懐かしい。 | [投票] | |
空海―KU-KAI―美しき王妃の謎(2017/中国=日) | 『さらば、わが愛 覇王別姫』が、別格別次元の屹立作ということがこの作品でもはっきりした。ルノワールや溝口の空間把握能力に加え、ヒッチコック張りの夢幻的キャメラ操作術を持っていながらもったいない。私には眼はよいが頭が悪い監督という位置づけが本作で確定。 | [投票] | |
血に笑う男(1937/米) | 殺人鬼の描かれ方は、『サイコ』や『羊たちの沈黙』を知る我々から見ると正直物足りない。とはいえ1937年に戦争後遺症としての快楽殺人者を登場させた先駆性はそれなりにある。ラストが弱いが、被害者を演じたアン・ハーディングの熱演なしにはこのラストの納得性はさらに低いものになったはず。 | [投票] | |
マルタの鷹(1936/米) | ソフィスティケーテッド・コメディかとさえ思わせるようなテンポの良さと軽さが特徴だが、ラストの波止場のシーンでは一転して雨がシリアスに地面をたたき続けるノワール風の映像に様変わりする。この空気感の盛り上げは見事。 | [投票] | |
アルセーヌ・ルパン(1932/米) | 舞台劇戯曲を映画化したかのようなこじんまりさが伴う。公爵の男ぶり、将軍令嬢の女ぶり、刑事の温度感の高い饒舌系演技が印象に残り、映画の醍醐味はちょっと弱い。これら俳優のファンは今やもういないだろうから、埋もれてしまったのもやむをえないだろう。 | [投票] | |
トレント最後の事件(1952/英) | 好きな英国俳優が出ていて良い。マイケル・ワイルディングのち密な演技は好み。しかし、この映画に過剰で不穏なものを注入したのは怪優オーソン・ウェルズ。彼の『市民ケーン』での演技におけるニュアンスが微妙に混ざり面白い。 | [投票] | |
六人の最後の者(1941/仏) | 序盤の緊張感高いシーンが舞台劇風でおもしろさを感じさせた。しかしそこまで。金をめぐる犯罪者の妄執表現の弱さ、主役の造形の貧弱さ、コメディエンヌの魅力の薄さなど、欠点が多すぎる。凝ったレビューシーンも本筋に彩りを与えていない。 | [投票] | |
サンタクロース殺人事件(1941/仏) | 隠れたファンタジーの傑作。宝石をめぐる殺戮事件が陰惨さをにじませずに、心温まるクリスマス習俗の中に昇華され、絵本を見るようだ。フランス高地の深雪の農村風景が目に痛いほど美しい。子供たちの演技が尋常ならざる魅力を放つ。ルネ・フォールの輝くような美貌もまた。 | [投票] | |
パニック(1946/仏) | 美しい光と影が不穏である。美しい構図もまた不穏である。見えている光景を侵犯し続ける見えない何者かが画面の奥にいる。途轍もない数の人たちを登場させて一糸乱れない演出の冴え。監督は天才か。そしてミシェル・シモンは紛れもない天才。 | [投票] | |
十字路の夜(1932/仏) | パリ近郊のうらぶれた街に巣くう「下層」と「異邦」の人物たちのしがなさを、群像劇として提示しているところ、『ゲームの規則』を撮った巨匠の落款まぎれもない作品。ヴィナ・ヴィンフリートの哀切な寄生虫ぶりは、ノワールを彩る数多のファム・ファタールの中でも上位に来る。 | [投票] | |
マリー・ロジェの秘密(1942/米) | 早撮り感ぷんぷんの作品。60分間の短尺にストーリーを盛り込みすぎて至って配慮の欠如した作品となってしまった。 登場人物も類型的造形で面白みがないが、かろうじてマリア・ウスペンスカヤに注目。(⇒『哀愁』に出ている!) | [投票] |