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[コメント] 影武者(1980/日)

 思っちゃいけない事なんだろうけど、どうしても思ってしまうことが一つ…
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 合戦部分だけピーター=ジャクソンに撮らせてみたら面白そうだと。

 …すまん。

−−−−−−−−−−−−−−−閑話休題−−−−−−−−−−−−−−−

 この作品、評価はさほど高くない。金を遣いすぎたってのもあるし、本来信玄を演じるはずだった勝新太郎仲代達也に代わったため、イメージが違ってしまったと言うのも大きいが、一番の不評部分は「合戦シーンがない」と言うところにあったんじゃないかと思う。本作は戦国絵巻で、勿論合戦の部分はあるんだけど、肝心の戦っているシーンがない。壮大な歴史絵巻を期待していた人にとってはちょっと肩すかしを食った気分なのではなかろうか?  私も最初そう思っていた。何で一番肝心な部分を外すんだ?

 でも途中で「ひょっとして?」と思うようになった。まさか、黒澤監督、合戦シーンを封印してるんじゃ?

 …その通りだった。

 本作では死体は山のように出てくるのだが(圧巻はラストの武田軍の死体の山。黒澤監督は馬に演技をさせることで有名なんだが、よくこんなシーン撮れたもんだ)、死体になる課程…要するに殺されるシーンがほとんどない。あるのは唯一影武者が織田・徳川連合軍に単独で飛び込んで撃たれる時だけ。ここまで徹底するか?

 見事なほどだった。これだけの人数と金、時間を使って、合戦シーンのない戦国絵巻を描いてしまうとは。本来こういった作品では一番の売りとして合戦シーンを持ってこようとするものだが、監督のやろうとしたのは全くの逆転の発想だった。本来一番の売りとなる部分を封印しつつ、どう歴史合戦を作っていくか。

 何故本来の売りともなる戦いのシーンをわざと封印したのか。

 一つにはどうしても嘘っぽくなるからってのがあったんだろう。現に後の角川が巨額の資金で作り出した『天と地と』の合戦シーンのしょぼくれさを見ても、はたまた黒沢監督自身の『』の(悪い意味で)踊りのような戦いなんかを思い浮かべると、時代劇で乱戦をやらないというのは良い選択だったのかも知れないぞ。

 もう一つには人物の焦点がずれることを恐れたと言う点もあるのではないか。あくまで影武者個人に焦点を当てることで、緊張感を演出しようとしたのかも。

 その結果、カタルシスはなくなってしまった代わりに恐るべき緊張感と虚脱感を演出することが出来た。

 戦国武将でもなんでもない、一人の人間が猛将武田信玄の代役を演らせられる。一般の生活ではなんとかそれを演じることが出来ても、合戦となると肝が据わらない。そんな人間をひたすらカメラは追う。戦いは耳で聞こえる音と声で察するしかない。逃げ出したくても逃げ出せないそんな状況に追い込まれ、その場その場を凌いでいく姿。極限状態で強いられる人間の心というものを克明に追っていた。

 後、個人的にとても好きなのは何と言っても悪夢を彷徨う影武者の姿。力の入った原色の悪夢の演出は素晴らしい(個人的には『酔いどれ天使』の悪夢シーンの方が好きだけど)。

 本作は当初勝新太郎が主演で、本人もやる気満々で撮影に臨んでいたそうだ。だが、彼も又監督業に携わるものとして、独自にビデオ撮影を行い、それで演技研究をしていたところ、黒沢監督は「それは俺の仕事だ」と怒り、結局喧嘩別れとなってしまったと言う経緯がある。後年勝新太郎は「おれはまげをつけて信玄になりきっていた。たかが黒澤が信玄に何を言うんだよ」と息巻いていたようだ。やっぱり信玄のイメージはこっちの方だったかもね

(評価:★5)

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