[コメント] ミュンヘン(2005/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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思っていたよりも衝撃的な作品ではなかった。しかし、衝撃だけがすべてではないことがこの映画を観ると良くわかる。70年代風のスリラーとしても、ひとりの男の任務と家族の間で揺れる葛藤の物語にしても、現代へも通じるパレスチナ問題への言及としても、すごくバランスが保たれている丁寧な映画だ。あくまできちんと映画を作り上げるスティーブン・スピルバーグの手腕は、さすが巨匠のレベルである。
ドキュメンタリータッチで淡々と描かれる映像には、70年代の雰囲気であったり、土地独特の雰囲気であったり、いろいろなものが詰まっている。リアリティという面でも、70年代風スリラーの味わいという意味でも、ヤヌス・カミンスキーによる撮影が作り出す映像空間がすごく良い。これは映画ならではの味わいだ。画面を見ているだけ飽きることはない。
そして、エリック・バナが演じたアブナーというひとりの男の葛藤の物語としても、伝わってくるものがあった。自分も狙われているのではという恐怖感も、狂気交じりに見事な緊迫感で描かれていたし、電話越しに子どもの声を聞いて堪えきれなくなっている様子などから家族への思いもひしひし伝わってきた。エリック・バナの演技ももちろん大きかった。
それらに加え、やはりパレスチナ問題が映画全体に直接的ではないにしろ絡んでくる。僕はそこに一番興味を持って劇場へ足を運んだのだが、観終わったあとにいろいろと考えさせられもし、真摯で価値のある映画を観たなと感じることができた。
僕としては『シンドラーのリスト』でホロコーストを描いた、自らもユダヤ系のスピルバーグだからこその、イスラエル批判が見え隠れしている部分は非常に興味深かった。
ナチスによる大量虐殺など悲惨な過去を背負うユダヤ人がようやく手に入れた自分たちの国、イスラエル。もちろん、その国を守りたいという感情は自然なものである。アブナーの母親の祖国への思いなど、ユダヤ人なら当然持っている気持ちと考えてよいだろう。
しかし、同時にアジトが重なったPLOのメンバーがアブナーに対して語った、アラブ人のパレスチナ国家建国への熱い思いも、同じく自然な感情である。ミュンヘン事件にしても、現在も続くパレスチナ過激派によるテロにしても、根付いている感情は祖国への思いのはずだ。
それに対してイスラエルはというと、やっとの思いで手に入れた自分たちの国をなんとしてでも守りたいという気持ちが、軍事力行使であったり、この映画で描かれたような報復に繋がっている。ユダヤ人もアラブ人も、どちらも“国”へのこだわりがあり、それがまったく違うベクトルとして衝突し合い、現在に至るまで問題が残っている。
『ミュンヘン』の中ではミュンヘン事件の報復を成し遂げても、次なる敵が生まれ、再度制裁を加えければいけなくなるという報復による悪循環を描き、武力による攻撃は何も生まないことを物語の中で提示した。これは現在のパレスチナ問題にも通じることで、イスラエルにしろパレスチナにしろ双方の歩み寄りがないと絶対に和平は成立しない。
スピルバーグはユダヤ系だからこそイスラエルに対して、どこかに妥協していく部分が必要だということを提起したのだと思う。ハマスの指導者暗殺作戦であったり、イスラエル軍によるガザ攻撃であったり、そういった強硬的なイスラエルの姿勢への批判は、和平を求めれば出てくるもの。スピルバーグがこの映画によって「反イスラエル」とバッシングされているが、そんな批判が出ていることの方が恐ろしい。イスラエルもパレスチナも、どちらも強い愛国心を残しつつ、どこかで報復ではなく妥協をして、和平へと模索していく必要があると思う。
そういった中東情勢の現状について、映画を通して考える良い機会になった。パレスチナ問題に関して興味が薄い人が多いと思うが、この映画はスピルバーグの丁寧な映画作りによって、政治的な部分も入りやすいと思うので、多くの人が映画を観ることにより問題を“知る”ことができるという意味があるだろうとも感じた。
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