[コメント] 秋刀魚の味(1962/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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ねえ艦長。どうして日本負けたんスかねえ/ウーン、ねえ/おかげで苦労しましたよ。帰ってみると、家は焼けてるし、食い物はねえし、それに物価はどんどん上がりやがるしねえ。(振り向き、店員に早口で)オイ、レコード止めろ/(店員)はい/それでね、女房の親父からゼニ借りましてね、いまのポンコツ屋はじめたんすわ。それがどうやらあたりましてネ、まあまあ/あんた、子供さんは、さっきの娘さんだけ/いや、あの上にもう一人いますがね、もう片付けちゃいましたよ。まもなく私もおじいちゃんですわァ。うかうかしちゃいられませんや。そこいくと艦長なんか、なんにもご苦労なかったでしょうけどね/イヤイヤ、私も苦労しましたよ。ま、先輩のおかげで、どうにか今の会社に入れたようなもののね/けど艦長、これでもし日本が勝ってたら、どうなってますかねえ/さァ、ねえ/(店員に)オイこれ。トリス。瓶ごと持ってこい瓶ごと。(平山に)勝ったら艦長、今頃あなたも私も(声を高め)ニューヨークだよ。ニューヨーク。パチンコ屋じゃありませんよ。ほんとのニューヨーク。アメリカの/そうかね/そうですよ/(店員。飲み物を渡す)はい/(答えて)うん。負けたからこそね、今のわけぇ奴ら、向こうの真似しやがって、レコードかけてケツ振って踊ってますけどねえ、これが勝っててごらんなさい、勝ってて。目玉の青い奴が、丸髷かなんか結っちゃって、チューインガム噛み噛み、三味線弾いてますよ。ざまァ見ろってんだい/けど、負けてよかったじゃないか/そうですかねえ。(考える)ウーン、そうかもしれねえなあ。馬鹿な野郎が威張らなくなっただけでもネ。艦長、あんたのこっちゃありませんよ。あんたは別だ/イヤイヤァ・・・
他愛のない会話。取るに足りない会話。こういう会話に縁取られ、物語が少しずつ進行していく。物語の先を知りたいという気持ちにもなるのだけど、この会話をずーっと聞き続けていたい、むしろそんな感じにさせられる。確かにテンポは緩やかだ。だが、決して間延びした感じではない。落ち着いた、穏やかなリズムで紡がれる会話。日本語をきちんと聞き取れるのが嬉しいね。
こういう会話を、彼らの肩越しに、あるいは真正面から、あるいは一座の真ん中で、ちょうど自分だけ透明人間になったように、彼らの目には映らず聞いていられる。なんとも映画的な幸福だ。いつの間にか、透明人間であることも忘れ、彼らの内輪に加わっているような、そんなところへ感情が誘導されていく。
小津作品はそんなにいくつも観てないけど、今まで見た中では『東京物語』が最高かなって思ってた。でも、会話の完成度の高さとか、そういう会話から導かれる物語の精確さとか、技術的なレベルはこちらのほうが高いかな。
90/100(04/10/12見)
追記)この映画に織り込まれる”不穏”については、いずれ。
自戒)この映画を(家で)観るときは、飲みすぎに注意しよう。
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