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[コメント] 秋刀魚の味(1962/日)

この作品、笠智衆の受け答えが冴えまくる。「ねえ艦長。どうして日本負けたんスかねえ」「ウーン、ねえ」この”ウーン、ねえ”絶妙(一緒?)。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ねえ艦長。どうして日本負けたんスかねえ/ウーン、ねえ/おかげで苦労しましたよ。帰ってみると、家は焼けてるし、食い物はねえし、それに物価はどんどん上がりやがるしねえ。(振り向き、店員に早口で)オイ、レコード止めろ/(店員)はい/それでね、女房の親父からゼニ借りましてね、いまのポンコツ屋はじめたんすわ。それがどうやらあたりましてネ、まあまあ/あんた、子供さんは、さっきの娘さんだけ/いや、あの上にもう一人いますがね、もう片付けちゃいましたよ。まもなく私もおじいちゃんですわァ。うかうかしちゃいられませんや。そこいくと艦長なんか、なんにもご苦労なかったでしょうけどね/イヤイヤ、私も苦労しましたよ。ま、先輩のおかげで、どうにか今の会社に入れたようなもののね/けど艦長、これでもし日本が勝ってたら、どうなってますかねえ/さァ、ねえ/(店員に)オイこれ。トリス。瓶ごと持ってこい瓶ごと。(平山に)勝ったら艦長、今頃あなたも私も(声を高め)ニューヨークだよ。ニューヨーク。パチンコ屋じゃありませんよ。ほんとのニューヨーク。アメリカの/そうかね/そうですよ/(店員。飲み物を渡す)はい/(答えて)うん。負けたからこそね、今のわけぇ奴ら、向こうの真似しやがって、レコードかけてケツ振って踊ってますけどねえ、これが勝っててごらんなさい、勝ってて。目玉の青い奴が、丸髷かなんか結っちゃって、チューインガム噛み噛み、三味線弾いてますよ。ざまァ見ろってんだい/けど、負けてよかったじゃないか/そうですかねえ。(考える)ウーン、そうかもしれねえなあ。馬鹿な野郎が威張らなくなっただけでもネ。艦長、あんたのこっちゃありませんよ。あんたは別だ/イヤイヤァ・・・

 他愛のない会話。取るに足りない会話。こういう会話に縁取られ、物語が少しずつ進行していく。物語の先を知りたいという気持ちにもなるのだけど、この会話をずーっと聞き続けていたい、むしろそんな感じにさせられる。確かにテンポは緩やかだ。だが、決して間延びした感じではない。落ち着いた、穏やかなリズムで紡がれる会話。日本語をきちんと聞き取れるのが嬉しいね。

 こういう会話を、彼らの肩越しに、あるいは真正面から、あるいは一座の真ん中で、ちょうど自分だけ透明人間になったように、彼らの目には映らず聞いていられる。なんとも映画的な幸福だ。いつの間にか、透明人間であることも忘れ、彼らの内輪に加わっているような、そんなところへ感情が誘導されていく。

 小津作品はそんなにいくつも観てないけど、今まで見た中では『東京物語』が最高かなって思ってた。でも、会話の完成度の高さとか、そういう会話から導かれる物語の精確さとか、技術的なレベルはこちらのほうが高いかな。

90/100(04/10/12見)

追記)この映画に織り込まれる”不穏”については、いずれ。

自戒)この映画を(家で)観るときは、飲みすぎに注意しよう。

(評価:★5)

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