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[コメント] グラン・トリノ(2008/米)

伝える者が居なくなった<自由な>世界は寂しい。☆3.9点。(reviewの最後では『許されざる者』の結末への言及あり)
死ぬまでシネマ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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コワルスキー=イーストウッドでは勿論無かろうが、イーストウッドは臍ピアス娘には共感を覚えていないだろう。しかしそれでも監督として、臍ピアス娘も、兄弟と呼び合う黒人少年たちも、モン族の人々も表現しようとしている。していながらその表現が必ずしも滑らかでない気がするのだが、それがイーストウッドらしくて(痒い所を完全に掻き切れない)俺としては、佳い。

嘗ての掟破り、ルール無用の無頼漢だった主人公も、自分の価値観を継承する人間が居なくなっている事に気付いて悄然としている。自由になれば皆が自分のやりたい事をする。しかしそれが「正解」だったのだろうか? コワルスキー自身は自分のルールの上を一貫して歩いてきたが、しかし世界は<正しいルール>より<勝手自由>を模索するようになり、個人のルールの正当性は他人には主張出来ない時代になってしまった。2人の息子にも自分たちの道を行けと放任したが、その結果は自分の予想もしない人間に成り果ててしまっていた。

そんな「自由な(自由になってしまった)世界」で、コワルスキーはやっと自分の価値観を認めてくれる(かも知れない)人々に出会った。コワルスキーはトロい少年に、「自由の価値観」に染まっていない未熟=白紙を見出し、2人の息子を失った過程を取り戻すかのように、「教育=継承」してゆく。

「保守」すべきものは何か? … この映画は政治的ではないと思うけれど、結局生き方の問題だよな。イーストウッドからは保守主義について学ぶ事が多い。

     ◆     ◆     ◆

昔から酒場などでは若い野郎どもは軽口を叩いていたのだろうが、それ(男の言葉)は現在のチンピラの口上とは似て非である、というのがイーストウッドの主張らしい。床屋での男修行は面白かった。<男>は「仕事が無い・金が無い・女が居無い」なんて後ろ向きなタワ言は口にしないのだ。無遠慮な差別語を叩き付けるがそこには親近感が込められている。こうした<男の会話>をするには打たれ強くなくてはならない。現在ではそれに耐えられないほど優しい心の持ち主が多過ぎる。それもまた監督の嘆きなのだろう。(内容は全く異なるが俺にはチャウ=シンチーの『少林サッカー』からもそうした想いを感じるのだが。)

嘗て何人ものひとを殺めた自分の銃に触れる度に、コワルスキーの脳裏にはタオと同じ年頃の屍体が浮かんでいた筈だ。チンピラが銃をコワルスキーに向けた時に、連中の頭には何も無い。しかし一方のコワルスキーには。

この映画での主人公のモン族への共感は、即ちイーストウッド監督のアジア人への共感なのだろう。だからこそ『硫黄島からの手紙』を作ったのであろうし、或いはそうした映画作りの人生の中で彼がアジア人から受けた(アジア人に抱いた)共感によるのだろう。恐らく映画人生の中で監督はアジア人に対しての認識が変わって行ったのだろうし、その「変化」をコワルスキーに託したのだと思う。… ただ、主人公がモン族に対して「実の肉親より彼ら(モン族)の方に親近感を覚える」と独白する場面は、台詞程には演出がこなれてないように見えた。ひょっとしたらそれは『硫黄島からの手紙』に対する違和感と近い関係にあるのかもしれない。… 何れにしてもイーストウッドが、西欧のアジアに対する戦争に或る種の「不正義」(というのが言い過ぎなら「絶対の正義に対する疑義」)を感じ、アジア人の犠牲者に対して哀悼の意を持っているのだと感じた。

許されざる者』に続いてイーストウッドは、また一つ区切りをつけたように見える。『許されざる』では西部劇を通して殺人の重さを、今作では現代劇を通して殺人(と戦争)の重さを示した。『許されざる』で区切りをつけた筈がつけ切れなかったのか?とも言いたくなるが、あの中ではイーストウッドは生き残り、今作ではこうなったのは明らかに意図的な対称である。今作では死ぬ事には意味があった。死に様を見せるべき残る者がいたからだ。

そして、世界がまだイーストウッドにこうした映画を求めざるを得なかったという事であり、また彼がこうした映画を創ってくれた事も嬉しいのだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)Myrath IN4MATION[*] おーい粗茶[*] 緑雨[*] Keita[*] けにろん[*] イライザー7 水那岐[*]

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