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[コメント] 第9地区(2009/米=ニュージーランド)

既視感が新しい。見たことがある奴らだからこその、見たことのない風景。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 私たちは、彼らをよく知っている。エイリアンといえば、思いつく限りで3種類。ロズウェルで確保され解剖されたという、銀色で黒目がちのアイツと、カーカキンキンや『マーズ・アタック!』で出会った頭でっかちのアイツ、それに、『エイリアン』や『プレデター』で見た、甲殻類に似た、粘液を垂れ流すアイツ……。『第9地区』に出てきたエイリアンたちは、3番目のアイツだ。

 私たちは彼らをよく知っている。彼らは獰猛で、何の感情も秩序もなく、とにもかくにも人を殺すためだけに私たちの前に現れた。そして数え切れない人間を殺し、私たちの前から去っていった。彼らはかつて、恐怖そのものだった。

 そんな見慣れたエイリアンが、カルカンを求めて行列をつくり、最先端のコンピューターを操っている。その画面の新鮮さだけで、個人的には、『第9地区』という作品の2時間をじゅうぶんに楽しませてくれた。先達たちがとことん劇的であったからこそ、この映画のフェイクドキュメンタリーな手法が、冴えた、と思った。

 そのアイディアは面白かったし、私のような怠惰な鑑賞者にとっては、新しかった。

 *

 物語は常に最強の敵、最悪の困難を求めているものだと思う。その意味で、『第9地区』に仕込まれたプロットはやや物足りないものだった。惜しむらくも、提示された設定を使いきれていなかった部分が感じられた。

 具体的に言えば、この物語にとって最強最悪の組み合わせとは「ナイジェリアギャングのボス+エビの遺伝子」だっただろう。ボスはそれを熱望し、ついにそれを手に入れることができなかった。もしそれを手に入れていたら、主人公にとっても地球にとっても、もっと厳しい困難が与えられ、それを克服する使命が与えられていたはずだろう。主人公が保身のために液体を彼に差し出していたら……それを思うだけで、わくわくしてしまう。逆に言えば、そういう想像の余地を残してしまったことが、私にとってこの映画が百点満点でない理由でもある。

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 誰がどう見ても、これは差別についての物語でもあるのだろう。ヨハネスブルクという舞台設定も、いまこの地球上に存在する都市のなかでもっとも野蛮であるということなのだ。エイリアン社会とせめぎ合えるだけの野蛮さを保持しつつ、近代国家であり、超国家組織の(というか、米資本の)介入を受け入れるだけの土壌がある都市、ヨハネスブルク。ニューヨークのハーレムでも、ソマリアでも、バグダッドでも、イスラエルでも、平壌でもなく、ヨハネスブルク。作家がそれに自覚的であれ無自覚であれ、たいへんに残酷で、切実なリアルが映画にリアリティを与えている。でも、そこはあまり深く読まないでおきたい。今はただ、この新しいB級娯楽映画の出現を歓迎したい。

(評価:★4)

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