[コメント] 映画 聲の形(2016/日)
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重力に魂を惹かれ、いまだ地べたにへばりついている我々おっさんは残念ながらニュータイプ(誤解なくわかりあえる人々)ではない。ゆえに我々オールドタイプは容易に本音を漏らさないし、他者の中に不用意に踏み込むことを避ける。そして「そこそこの理解」、まあこういう態度なら問題ないだろう常識的に考えて… と思える社会的な暗黙の了解に基づいて他者と接している。心理的緩衝材を通して他者と触れあうのは、思わぬ軋轢や衝突を避ける処世術だ。うまくいってる間はうまくいくのが、処世術のいいところだ。だがこの映画に出てくる若者たちの多くは、処世術など知らぬ。自分がオールドタイプであるという認識すらない。だから、他者をわかろうとする。狭い世界の中で接近しすぎてぶつかり、傷だらけになって尚、相互理解、意思の疎通、心を通わせることをあきらめない。これは美しい。
『映画 聲の形』は、一度は自殺を試みた石田が他者との濃密な関わりあいを経て、生きるに価する人生を発見する物語だ。物語の芯は原恵一の『カラフル』に近いと思った。聴覚障害やいじめについて考える映画ではないが、それらを枕やミスリードに使っているため、受け入れられぬ人も多いと思われる。残念な誤解だなあと思うのは、いじめの加害者が被害者とくっつく胸糞悪い恋愛ものだろう、という未読未見の方々の思いこみだ。観れば判るが少なくとも石田にその気は全然ないし(それもどうかと思うが)、いじめた過去が許されることもない。むしろ過去はどうしても変えられないので、今をどう生きるのかという話になっている。
小学生時代のパートは、突出してよく出来ていると思った。最初は石田が西宮に助言めいた言葉をかけるのだが、それが通じないところからいじめが始まってしまう。石田には悪の自覚がなく、いじめは常に曖昧な承認の空気の中で行われる。潮目が変わると教師はガキをカタに嵌め、いじめの矛先は石田に突き刺さる。この一連の展開のリアリティは、ちょっと見たことのない水準のものだった。
植野というキャラクターは、激しい気性で他者にぶつかり、相手にも同じことを要求する。妥協なき一方的なファイトが、彼女をヒールに仕立てている。だが彼女は誰よりも抜き身のような人間で、一切の防具を身に帯びていない。彼女の短いスカートから伸びるむき出しの生足が何度も描かれるのは、山田尚子が女子高生の脚が大好きだからという理由ばかりではなく、彼女の純粋性、無防備ゆえの傷つきやすさ、捨て身のテロ精神の映像表現なのだ。
劇中、西宮と石田は頻繁に手話を使う。手話の動きは一見極めて地味に見えるが、実は凄まじい技術で作画されている。手の大きさが変化したり、関節がおかしな具合に見えたりといった引っかかりが一切ない。「地味に見える」ことそれ自体が、作画の破綻のなさを物語っているのだ。手話なんてクソややこしいものは割りきって3Dのモーションキャプチャーにして、ポリゴン・ピクチュアズかサンジゲンあたりに丸投げしたってよさそうなものだが、手話による「意思疎通」はこの作品の核になる部分だ。意地でも自社で手描きにしたと思われる。京アニ脅威のメカニズム。
原作通りといえばそれまでなんだけど、納得できない部分もある。そもそもいじめの被害者が、数年を経ただけであれほど簡単に加害者との再会を受け入れられるのか。悪口満載の筆談ノートを大切にするのはなぜなのか。彼女が当時いじめさえも「コミュニケーションの成立」と捉えていたとすれば意味はどうにか通るのかもしれないが、心情としては納得し難い。まして彼女は彼に恋をするのである。この恋心は橋での人間関係崩壊を経て、彼女を自殺未遂へ、さらに石田の転落事故へと導いてしまう。この映画、恋愛でいい思いをする人物がひとりも登場しない。このへんは、誰かに読み解いていただきたいブラックボックスの部分だ。
また、一部のキャラクターデザインにも違和感を感じた。等身の高いキャラクターの中で、ウンコ頭の永束のデザインだけがマンガ的デフォルメの度合いが強く、他のキャラとリアリティレベルが違うように見える。たとえば石田はマンションから落ちて病院送りになったけど、もしあれがウンコ頭だったらボヨン、ボヨヨンと飛び跳ねて平気だったんではないかと思われるのだ。コメディリリーフだから、善意のビッグフレンドだから、原作がそうだから、といった理由はあるのだろうが、それにしても違和感が大きすぎると思った。山田尚子にはテレビシリーズ「たまこまーけっと」における鳥という前科があるので、彼女の作家性に関わることかもしれぬ。あと結弦ちゃんが死ぬほど可愛い。死ぬ死ぬ
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