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[コメント] シン・ウルトラマン(2022/日)

庵野秀明は勘違いしているか、この題材を強いられて撮っただけじゃないのだろうか。異星人とのクールなバトルに身を投じるのは、むしろ次作の『ウルトラセブン』だろう。『ウルトラマン』はといえば愛情にみちた怪獣と超人の、いい意味でのじゃれ合いの世界ではなかったろうか。
水那岐

ウルトラマンなんかSFじゃないとアンチが言う。もちろんですとも、ウルトラマンは子供だましの戦闘ごっこの世界だし、防衛チーム科特隊はお気楽なオトナ子供の連中でしかなかった。だが、それだからこそ良かったのだ。

この映画がとんでもない愚作とは俺は思わない。ソフィスティケートされた、オトナが恥ずかし気もなく劇場で観られるウルトラマン映画を撮ってくれたことには謝意を述べたい気持ちもある。いい部分もあった…斎藤工山本耕史の異星人役者としての素晴らしさ。メフィラス星人の「異物」ぶりは巷間もてはやされるように喝采を促す。だがこれは「ウルトラマン」の一面でしかない。そこに違和感がある。

ウルトラマンは怪獣大好き少年のための、「お伽話」性に満ちたワンダーランドだ。みんなが科学の無謬を信じ、前を向いて歩きつづけることに何のためらいもなく進み続けた時代のトレスだ。怪獣は、その気分に水を差すでもなく、賑やかしとしてウルトラマンにちょっかいを出し、いつも華々しく散ってゆく役目の暴れん坊だ。

だから、庵野が怪獣を生体兵器としてハードなSF話に巻き込み、こじんまりとした異星人侵略の前座に堕させてしまったのは俺には解せなかった。それは異星人が主役の「セブン」の解釈だろう。科特隊(もちろんキラキラネームめいた当て字は使わない)はドラえもんの仲間たちにも似た愛すべきオトナ子供の集団だった。彼らのようにみなの仲間である連中に「兵器」で戦争をやらせるのはいかにも痛い。主人公はその中にいたし、科特隊のなかで嬉々として戦闘ごっこに加わっていた「仲間」だった。孤独な異邦人の報われない殺傷の物語は「ウルトラマン」にふるべきじゃない特性だ。だから、異物ウルトラマンの友情も愛も、きわめてプリミティブな子供仲間のそれに限られたのだ。

それゆえ、地球人の組織は話のハード化に伴って地球ファーストの世知辛い部隊にシフトされ、SFのなかの大人に成り下がっていったのだろう。俺にはそれが寂しかった。怪獣デザインの無機質さ、同じ「生体兵器」であるゆえの地底怪獣ファミリーの同系化、全部いただけなかった。こんな使徒みたいなビジュアル!「エヴァ」の使徒人気が10年もたなかったことを鑑みても、ウルトラ怪獣のデザインは本当にいじる必要なき素晴らしいモノだった。マンの成田デザイン礼賛は同感だが、ひるがえっての怪獣いじりはなぜこんなに悲惨なものになってしまったのか。庵野は知っていてウー、ヒドラ、ジャミラ、シーボーズといった異端怪獣を無視している。怪獣は無個性な戦闘マシーンじゃないのだ。

愚痴はまだまだあるがこのへんで。この映画には観る子供に見当違いな知識を植え付けてほしくはない。基本的に人を信じないペシミスティックな庵野監督に相応しいシロモノではないのだ。その点、『シン仮面ライダー』のダークな復讐譚は多分彼向きであり、それに希望をつなぐのがポジティブな対応だろう。彼にはそれで頑張ってもらいたい。

(評価:★3)

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