[コメント] ザ・ビーチ(2000/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
個人で大きな麻薬の取引をし、大金を手に入れた二人組の男がバイクに乗ってアメリカを渡り歩き、時に立ち寄ったヒッピー・コミューンで生活を共にし、麻薬をやりながら自由について考えを巡らす…言うまでもないがこれはアメリカ映画の傑作の一つ『イージー・ライダー』のストーリーだ。
もう一つ。飛行機事故でこども達だけが生き残り、島に流れ着いた彼らは、愚かな大人達のいないその楽園でたくましく成長していくのだが、やがて対立するグループ同士のいがみ合いが、そのコミュニティを崩壊に導く…これはゴールディングの小説『蝿の王』のストーリー(映画は未見)。
1970年代。アメリカには数多くのヒッピー・コミューンと呼ばれるものが出来ていた。東西冷戦の中、核戦争の危機が身近にあって、その閉塞感の中で魂の自由を求めた若者を中心としたグループが自給自足の生活を送っていた。彼らが文明社会に背を向けたのは、今自分たちの置かれた危機感を肌で感じ取って、何か自分のために何が出来るか、を考えた末悩んだ末に、魂の救済のために自分の意志でコミュニティに自らを投入していった。そこに自給自足の苦しい生活があったが、共に生きる仲間がそこにはおり、麻薬もあった。自由時間には魂に関する書を読み、議論を繰り返し、時として反戦集会にも顔を出す。
これらは皆「楽園」を目指した者達の真剣な思いが込められていたと言うこと。苦悩や議論、時として内紛を起こしつつも、そこには確かに明確な“想い”があった。
…一体何を言いたいのか?
簡単なことだ。この映画は、そんな私のノスタルジー(と言うか、一種のあこがれ)を見事に汚してくれたと言うことだけ。それだけだ。
これが単なる感傷であることは、私自身も自覚している。が、それにしてもこれは酷い。この作品を観ていると、どうしてもそれらを思い出してしまい、素晴らしい作品やそう言った思いと言ったものをわざと汚すために作ったのではないかとさえ邪推してしまうほどの出来だった。
この映画にあるのは当時はとても真剣だったはずのヒッピー文化の醜悪なコピーだった。なまじ当時のコミューンに似せているだけに、これは悪質な冗談にしか見えず、しかもそれを肯定する方向に動いているのが救いがたい(この状況は押井守の『うる星やつら2』に似てなくもないが、あの作品は明確にそれを“不自然なもの”として捉えていたし、だからこそ、名作なり得た)。
そりゃ、どんな映画を作ろうと勝手と言われればそれまでなんだけど、これはカウンター・カルチャーに対するカウンターとして、もう少しメッセージ性を20年前に出すべきだったんじゃなかろうか?「お前らのやってることは、こんなくだらないことだったんだぞ」と言うメッセージと共に。出す時代を完全に間違えたな。
始まって3分であきらめ、30分で呆れ、後は部屋の掃除をしながら横目で眺めるだけで済んだ作品だった。
自分ではほとんど何も考えることができずに状況に流されるだけ、さらにはゲームのキャラにされ、尺取り虫まで食わせられたリチャード役をディカプリオはどんな思いを持って演じたのだろう?
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