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[コメント] 卒業(1967/米)

カウンターカルチャーの代表作とか、青春物の代名詞とかいうイメージだったから、どんだけ情熱をこめて撮られたものかと思ったら、なんとも論理的というか教科書的な作り方だった。
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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青春の焦燥を描きながらも、同時に金持ちのボンとムスメのいかれた行動でもある、という視点。主人公の上流社会への反発に対して、観客を誘導するかのように見せかけて、何不自由なく好き勝手できるのはそういう社会の庇護のおかげだろう、という目線。

この監督のスタンスが、常に誰の側にも偏向していないというのが一番面白かった。青春映画の代表作というから、もっと一方的に肩入れされた、熱に浮かされたような演出がなされているのかと思ったら、すべての役柄の言い分を何ともニュートラルな立ち位置でしれっと描写していたからだ。でもこれ、そもそもカウンターカルチャーの流れには乗りにくい、しょせんはブルジョワの内部崩壊の話だから、主人公と大人社会の対立を一方的に興奮気味に描けない話なんだと思う。そのスタンスに監督の冷静な配慮が感じられる。

こういうのは、監督の体質なんだろうか。というのも、この監督は感性よりも理詰めで映画を撮っているのかと思わせるよな演出を随所で見せているからだ。潜水服から覗き見る(自分の呼吸音しか聞こえないような)大人たちとの隔絶感。箱入り令嬢とストリッパーのツーショット。実は君のお母さんと…と白状した時の、エレーンの驚愕の表情をアウトフォーカスから徐々にピントがあっていくという手法で表現。その直後の「さよならベン」というロビンソン夫人の妙に廊下の奥のほうにいるようなアングル。キャンパスにまで付きまとうベンを無視したエレーンが、一旦柱の向こうに見えなくなって、でてきてベンにキスするシーン。なんだか映像学校の先生から、こういう場面はこんなふうに撮りなさいよ、と教えられているようなとてもロジカルな、というより教科書的な演出をする人だなあと思うからだ。

リアリズムというのとちょっと違って、映画的に「適正に撮る」というのが監督のポリシーのように思った。そう思うと、教会で十字架を振り回すところなんかも、思ったほどアンモラルな感じがしなかったのは、そういう思い入れをこめてそう撮ったのではなく、「若者の無軌道ぶり」という記号と「手近にあった道具の選択として当然の帰結」のような判断で撮っているからのようにも思える。

結婚式のシーンは、そういう監督の「映画的」な考えとは、またちょっと違う形で、「映画のような」場面として後世に残ることになったのだが、これを意図としてやってのけたのなら凄いと思うが、多分違うんだろうな。

(評価:★4)

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