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[コメント] 回路(2001/日)

黒沢清の映画にとって「インターネット」という題材はただの道具のように見えます。別に「インターネット」を描きたいのではなく、また人と人との「つながり」のようなテーマでもなく、ただ単に「恐怖」だけを描きたかったと思います。最近の黒沢清の映画はテーマが出すぎているので見るのに疲れてしまいます。そんなに大風呂敷を広げないでとことん「恐怖」を追及してほしいです。
ina

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







最近「インターネット」を題材にしている映画を続けて観ました。 岩井俊二の「リリィ・シュシュのすべて」、黒沢清の「回路」、森田芳光の「(ハル)」。 三本とも「インターネット」を扱った映画です。しかし三者三様で、扱い方が違います。

まずは「(ハル)」。日本で一番最初に「インターネット」を本格的に扱った映画でした。さすがの森田監督らしくストーリ的でわかりやすくまたインターネットの文字まで画面に出してしまう大胆な演出でこの三人の監督の中で一番「インターネット」の本質を描いたと思います。ただし恋愛がらみにする所がミーハーですけどそれがまた森田監督らしいです。

次に「リリィ・シュシュのすべて」。一番最近作です。14歳の少年の孤独なそして外には出てこないリアルな心の内面をインターネットで表現しています。今の時代ではインターネットはあたりまえのものになりこの映画では「(ハル)」のときみたいに違和感がありません。キーを叩く音と文字が変わった形に一瞬変化するところがなかなか良かったです。映画全体で見ると「14歳のリアル」が主要なテーマで「インターネット」はあたりまえの道具になってテーマにはなっていませんが重要な表現の手段になっています。

最後に「回路」。この作品はインターネットが出てきていますがテーマ的にも、表現的にもあまり重要でなさそうです。インターネットを題材にしなくても良かったんじゃないかとも思えます。黒沢監督にとっては単なる道具にすぎなくてしかしその道具の扱い方に失敗してる気がします。

森田監督は「人と人の新しいコミュニケーション」。岩井監督は「少年の心の内面」。黒沢監督は「単なる道具」。

このようにして「インターネット」を題材にした映画を比べてみると時代と監督によってずいぶん扱い方が違いがわかって面白いとおもいます。

話は「回路」に戻りますがインターネットの画面で幽霊が出てきますが黒沢監督はやはり「絵」で表現したいのでしょうか?映画監督なら確かに見たことも無いものを「映像」で表現したいという気持ちはよく分かりますが、何でも「絵」にしなくても表現できると思います。特に「恐怖」は見せないほうがいいときがあります。 この「回路」はその点であまり怖くなかったです。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (9 人)浅草12階の幽霊 おーい粗茶[*] よだか[*] パッチ[*] トシ[*] [*] kiona[*] くたー[*] muffler&silencer[消音装置][*]

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