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[コメント] 男はつらいよ 純情篇(1971/日)

とらやの面々とヒロインのあいだに流れる遠慮深げなぎこちなさを、(いつもより多めに)登場するタコ社長が緩和する。「大丈夫だよぉ。ほら、言うだろ。タコタコあがれって。」そんななぐさめもアリなのが、このシリーズにおける「柴又」の在り方なのだろう。
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







どこまでいっても別世界の人、という扱いの山手風ヒロイン。

寅の仕事風景を(客としでではなく記録者として)興味深くカメラに収める人がいるように、彼女自身もあくまで部外者として下町の人々に接し、そして愛でる。

「やっぱり下町はモノが安いわね。」と嬉々とするヒロインと、それを当然のこととして受け入れているゆえ驚きもしないおばちゃんの温度差。そういった差違や互いの遠慮に関する細かな演出がやけに目立つ。

そして、そこには夕子(ヒロイン)なりの誠意や憧憬はあるものの、(当たり前だが)一切の同調はなく、ゆえに、その関係性をなんだかとても寂しくも思う。ちょっと酷な役回りというか、かなり損なヒロイン像だ。

また、今回は印刷機購入の一件や矢切の渡しでの宴会風景など、下町の、決して裕福とは言い難い面もさりげなく強調されている。ヒロインの立場を明確にし人情を浮き立たせるためなのだろうが、これも笑うに笑えない。

つまり、だ。「素敵、とっても素敵よ。」という台詞をどう感じとるかで映画の受け取り方もおおいに分かれるのかもしれない、ということだ。ヒロインの属する山手よりも寅のいる下町世界に近い場で育った私にとっては、これはあくまでも第三者ならではの台詞だと思え切なくてしょうがない。

とはいえ、おかげでこのシリーズにおける寅のいる(いられる)場所、というものがつかみやすくなった気もする。そういう意味ではかなり秀逸。

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私的名台詞メモ:聞き取りに自信のない箇所には(?)と記。

■ヒロシの職場に押しかけての問答

ヒロシ「なんですか? いったいなんですか?」

寅「オレな、オレちょっと気になることがあるんだよ。いま店に顔出したらよ、あの夫婦のあいだにどうも俺を歓迎ぇしねぇ雰囲気があるんだよ。なんかあったのか?あ?」

ヒロシ「別にそんなことはないでしょ。」

寅「いや確かにあるんだよ、オレが帰ってきたことを迷惑がってんだよ。」

ヒロシ「それは兄さんの被害妄想なんじゃないのかなぁ。」

寅「ええ?なんだい被害妄想って。」

ヒロシ「いや、心理学の言葉ですけどね。」

寅「なんだいシンリガキー(?)って。」

ヒロシ「つまりそういう学問なんです。」

寅「バカヤロー。人が真面目に話してるときにね、英語なんか使うんじゃないよお前は。」

ヒロシ「…すいません。」

■夕子さんがお風呂に入る、ということで起こったひと騒動

寅「おばちゃーん、風呂わいたよー。」(風呂の火おこしをして加減を確かめながら)

おばちゃん「夕子さん、お風呂どうぞ。」

夕子「はい。」(二階から)

サクラ「さぁ、そろそろ帰ろうか、満男ちゃん。」

おいちゃん「いいじゃねぇか、めし喰ってけよ。どうせヒロシさん残業だろ。」

おばちゃん「もうあんたたちの分つくっちゃったよ。ヒロシさん呼んでくるからさ。」

(二階から夕子が下りてくる)

寅「どうぞ。」

夕子「ああ、すみません。」(全員に)

おばちゃん「あ、」

夕子「じゃあ、お先にいただきます。」(おばちゃんに)

おばちゃん「どうぞ。」

サクラ「もう具合よろしいんですか?」

夕子「ええ、一日寝たらすっかり。」(サクラに)

寅「どうぞ。あの、汚い風呂ですけど我慢してくださいね。何しろこのウチは生活が貧しいもんですから。」

〜寅、夕子が風呂へ行くのを見届けてあわててコタツに座る。包丁の音がこだまし柱時計が鳴る。

サクラ「もう6時。日が短くなったわね。」

おいちゃん「うん。」

お風呂の水音が聞こえてくる。

おばちゃん「夕子さん、お風呂かげんどう?」

夕子「ちょうどけっこうです。」

おばちゃん「そう。」

〜寅、おもむろにおいちゃんに話しかける。

寅「なんだおいちゃん。何考えてるんだ、うん?」

おいちゃん「おめぇと同じことよ。」

寅「び、い、いい年してなんだよぉ。き、き、汚ねぇよ、考えてることが不潔だよ、ったくなぁ。はぁ、オレは恥ずかしいなぁ。こんないやしい爺がオレの身内だと思うとよぉ。」

おいちゃん「何いってんだこの馬鹿、オレはただね、ああ今日も日が暮れたなぁと、ただそう思ってただけじゃねぇか。それが何で汚ねぇんだよ。」

寅「嘘だよぉ。ハハハハ。隠したってだめだよ。いまその口で言ったじゃねぇかオレと同じ考えだって。そうだろ?なぁ。ハハハハ。…あれぇ?」

おいちゃん「そうか、おめぇそういうことを。わかったよ。え、汚ねぇのはてめぇじゃねぇか。恥ずかしいのはこっちの方だい。いい年して、ニキビ面の中学生みてぇなこと、ああ、いやだ。ああ、いやだ。」

寅「そんなにいやかよ。」

おいちゃん「ああ、いやだよ、ツラ見んのもイヤだよ。」

寅「上等だよ。こっちはね、そちらさんみたいに上品な方じゃないんだよ、へへっ。(おいちゃんが鼻をさわっているのを見とがめて)なんだよ、鼻くそまるめるついでに団子まるめられたんじゃかなわねぇよ。」

おいちゃん「このやろー、オレがいちばん気にしてることを。もういっぺん言ってみろ。」

寅「何べんだって言ってやるよ。近所のガキどもはみんな言ってるぜ。寅やの団子はねぇ、鼻くそ団子だってよ。ハハハハ。」

おいちゃん「くそー、やろー、てめぇ、」(寅のえり首をつかむ。)

おばちゃん「いいかげんにおしよ!夕子さんに聞かれたら恥ずかしいじゃないか。なんだいふたりともいい年して。」

■怒ったサクラを追いかける寅が、自分の哲学を披露

サクラ「どうして、どうしてお兄ちゃんはそんな人に笑われるようなことばっかりするの?」

寅「いやぁね、…泣くなよ、おまえ。」

サクラ「そりゃあ、夕子さんは綺麗な人よ。誰が見たってステキだと思うわよ。でも、でもお兄ちゃんとは関係ない人よ。」

寅「そんなこと言わなくたってわかってるよ。」

サクラ「わかってるならどうして?」

寅「いや、頭の方じゃわかってるけどね、気持ちの方はそうついてきちゃくれねぇんだよ。ね?だからこれはオレのせいじゃないよ。」

サクラ「だってその気持ちだってお兄ちゃんのものでしょ?」

寅「いや、そこが違うんだよ。早い話がだよ、オレはもう二度とこの柴又へ戻ってこねぇとそう思ってんだ。な? ね?でも、気持ちの方じゃそうは考えてくれねぇんだよ。あ、と思うとまたオレはここへ戻って来ちゃうんだよ。これはホントに困った話だよ。」

(思わず笑いだすサクラ)

寅「んだよお前、笑いごとじゃねぇぞ。これは真剣な話だよ。」

サクラ「そうね、ホントに困った気持ちね。」

■取材に応じて口上を述べる寅

「けっこう毛だらけ猫灰だらけおしりの周りはクソだらけってね、タコはいぼいぼニワトリゃ二十歳、芋虫ゃ十九で嫁に行くと来た。黒い黒いは何見てわかる色が黒くて貰い手なけりゃ山のカラスは後家ばかり。ね、色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよときやがった。どう、まかった数字がこれだけ、どう、一声千円といきたいな、おい、だめか、八百、六百、よーし、腹切ったつもりで五百(両?)だ、持ってけよ。」

■恋の病で伏せる寅と、看病するサクラ

寅「はぁ、なんにもしたくねぇような、なんだか身体の真ん中に穴っぽこが空いちゃって、そこをすうすうすうすう風が通ってくような気持ちがしちゃってなぁ。どういうのかねぇ、」

サクラ「そうねぇ、困ったわねぇ。何か思いあたることはないの?」

寅「それがね、オレ、旅先でよ、お稲荷さんの赤い鳥居にションベンひっかけちゃったんだよな。あれかな、と思ってんだけどな。そういうことってあるだろ?」

■土手を散歩しながら夕子に口上を披露する寅

夕子「東京にもこんなとこがあるのね、嘘みたい。寅さんはこういう景色を見ながら育ったのねぇ。」

寅「はい。わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。」

夕子「なあに、それ?」

寅「へへっ。これは私たち商売人仲間の挨拶ですよ。」

夕子「まあ、素敵ね。もういっぺん言ってみて。」

寅「あ、そうですか。私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい、根っからの江戸っ子。姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅とはっします。へへっ、まだ続くんですよ。」

夕子「そう。」

寅「ええ。…私、不思議な縁、持ちまして、生まれ故郷にわらじを脱ぎました。あんたさんとご同様、東京の空の下、ネオンきらめきジャンズ(?)高鳴る花の都に仮の住居まかりあります。ゆえあってワタクシ、親分一家もちません。へへへ、まだまだ続くんですよ。」

夕子「素敵、とっても素敵よ。」

(評価:★3)

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