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[コメント] 海よりもまだ深く(2016/日)

過去に執着し、未来に嫉妬する、ちゃんと勝負できない男。そんな駄目男の居場所のなさを、団地の狭い部屋や事務所のソファ、アパートの自室で居心地悪そうに大きな図体を持て余す阿部寛が体現している。今回の良多は見てくれが可笑しくも哀しく実に映画的。
ぽんしゅう

是枝裕和の映画には、これまで3人の良多が登場した。みんな小学生の男の子を持つ父親だ。

歩いても 歩いても』の良多(阿部寛)は、町医者の息子で失業中。再婚した連れ子のいる妻とともに、法事のためにしぶしぶ実家に帰省し、老父母との同居問題を問われ煮え切らず、母(樹木希林)の秘められた激情を垣間見ながらも、ぎこちなくではあるが自らの家庭を築こうとする男だった。そこには、現実の社会を生きる等身大の男の姿があった。

そして父になる』の良多(福山雅治)は、都心の高級マンションで暮らすエリート会社員。ある日、6歳の息子が実子でないこと知らされ、血のつながりと家族、父親とは何かという問題に直面し戸惑う男だ。それは今まで、絶対的なものとして信じていた「確信」が揺らぎ、あらたな価値を模索せざるを得なくなった極めて比喩的な現代の男の姿だった。

本作の良多(阿部寛)は、作家としての夢を捨てられず、息子の父であることにすがり、妻の心変わりを密かに願う「なりたかった自分になれなかった」男だ。そして、将来のために再婚を考える元妻(真木よう子)も、賃貸の団地が終の棲家となるであろう母(樹木希林)もまた「なりたかった自分になれなかった」者たちだ。

そんな3人は嵐の一夜を、古びた狭い団地の部屋でやり過ごすことになる。思えば郊外の団地群もまた高度成長期に理想の住宅として開発され、故郷を捨てた人々の営みを新たな故郷として支え続けたのち、今は老朽化と住人の高齢化という課題をかかえた「なりたかった場所になれなかった」場所かもしれない。

過去にすがる男は、どうすれば「こんなはずじゃなかった」という思いを捨てることができるのだろうか。もしかすると「こんなはずじゃなかった」という思いは、振りきっても振りきっても付きまとう「人が生きていること」の証しのようなものではないだろうか。

同じように駄目男だった父の生前の思いを知った本作の良多(阿部寛)の表情は、現実から一瞬だけ解放された男のそれに見えた。人間臭い男のようでもあり、理想化され現実離れした男にも見える。

瞬間の夢とはノスタルジーか。今回の是枝裕和は、とても優しいのか、相変わらず手厳しいのか。それが、ノスタルジーの持つ両義性なのかもしれない。

(評価:★3)

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