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[コメント] スチームボーイ(2004/日)

スチームボールの設定がいかがわしすぎ。むしろあれは科学の名前を借りた魔法だと思うべきかも知れません。(相変わらずの長文失礼)
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 2004年は劇場用アニメーションの大作が次々と投入された。押井守監督による約10年ぶりの『イノセンス』、そして同じく士郎正宗原作の『APPLESEED アップルシード』、宮崎駿監督による久々の『ハウルの動く城』、そしてその間に挟まれるように大友克洋監督による本作。これらに共通するのは、ファンの熱烈なラブコールに答えてと言うよりは、作家性を大事にして、監督が作りたいものを出してくれた作品達と言うことになるだろう。

 ただ、作家性を大切にすると言うことは、視聴者を置き去りにすることにもつながり、これまでに公開された『イノセンス』はいくら一般向けにアピールしようとも、一種のカルト作となり、『APPLESEED アップルシード』は原作ファンの失笑を買った。

 それで本作だが…

 時というのは残酷なものだ。それが正直な感想。

 とりあえず結論は後回しにして、良い部分を挙げてみると、これが結構多い。さすがに手抜きをしない大友監督。画面の綺麗さ、緻密さは唸らせるほどで、特にヴィクトリア朝時代の建造物がほぼ手抜き無しにこれだけ出せるってのは驚かされる。工業時代の下町の汚らしさと万博の表会場の綺麗さが見事に対応していた。これが10年の重みというやつか?アニメだからこそ出来る描写というものを監督が熟知している証拠だ。表現にとことんこだわった点は感動さえ覚える。民族それぞれの描写もしっかりしてた。イギリス人はイギリス人として行動する。その点が明確に描かれていたし、いくら外面は綺麗であっても、霧と臭いを消すことが出来ないため、その点を突っ込んでくれるのも好感を持つ。特に画面では臭いまで伝えることが出来ないので、こういったほんのちょっとした言葉と仕草が大切。アニメーションの演出に関しては、おそらく『イノセンス』よりも更に完成度は高いだろう(ベクトルが違うが)。

 ストーリーも軽快。飽きさせることなく最後まで突っ走る。とにかく楽しみたいというならこれは正しい選択だったろう。

 又、声優も色々言いたいことはあるけど…一応これでも鈴木杏ファンだから…と言うことで(笑)。中盤から違和感もなくなったし。

 …と言うことで、良いところは多々ある。

 ただ同時に、悪い部分も、数多くあるのも事実。

 10年間構想してきたと言うのは、裏返して言えばストーリーの根幹部分がその時代で止まっていると言うことになり、どうしても古くささを感じてしまう。更に物語をシンプルに、冒険活劇をさせようという発想は良いとしても、監督の毒まで無くしてしまっては、ちょっと寂しい。観てる間は楽しいし、演出も良いんだが、観終わった後に残るものが希薄。スチームボールをそのまま「核」に置き換えてしまうと、結構使い古されたパターンを踏襲してるだけになる。

 それにキャラクターが、結局三代に渡る壮大な親子げんかで終わってしまったのも疑問点が残る。結局ロイド、エドワード、レイの三人以外全員存在感が低いんだよな。ヒロインであるはずのスカーレットさえも狂言回しでしかなかったし、最初に登場する母親とガールフレンド(?)は何も活躍せずに終わってしまう。それ以前にマンチェスターでのレイの存在そのものが希薄すぎた。

 現実と科学の乖離を題材とするんだったら、もっとねちっこくレイの生活を描写して欲しかった(個人的には喧嘩してダンスキャップかぶせられて反省させられてるレイの姿は大当たりだったが)。本編に食い込むことになっても、日常性をもっとアピールすべきだったと思う。折角の舞台を生かし切れてなかった。それに最後のスチーム城の暴走で、ロンドンに住む人間のパニックが全く描かれてなかった。あれだけの事やったら市民の多くは死んでるはずだろ?戦いの関係者はあれだけ死んでるのに、そっちの描写がないんだもんな。

 何より問題は祖父であるロイドの考え方。彼は科学の進歩を夢見ていながら、それが兵器に転用されることをとても嫌がっていた。しかし、考えてみるといくらロイドが研究馬鹿だとしても、オハラ財団が兵器で財をなしていることを知らないわけはないだろうし、それで裏切られたと勘違いして反抗する姿はあまりにもお粗末な姿だった。

 それに対する息子のエドワードがあんまりにも簡単に悪に手を染めてしまうのはいかがなもんか?大体最愛の息子が襲われてるのを黙って見てるような人間にしてしまうのも問題。都合良く最後だけ正気に戻るのもわざとらしすぎ。

 …と言うことで、ちょっと人物描写がお粗末すぎ。

 後、これは褒めるべき部分かもしれないが、『AKIRA』(1988)以降の大友監督作品は口パクを言葉とシンクロさせているのが特徴。本作は『AKIRA』以上にそれが上手くできていて、喋っている間、自分の口で確かめてみたが、本当にぴったり言葉と口の形が一致していた…ただし、日本語で。イギリスを舞台とし、英語を喋っているのを日本語に翻訳していると言うのが前提だとすると…登場人物が本当に日本語を喋ってるというのは、ちょっとばかし違和感強すぎない?

 設定においても、高圧蒸気を封じ込めたスチームボールの存在そのものがいかがわしすぎ。スチーム城をたった三つのスチームボールで動かすことが出来るかどうかはともかく、要するにスチームボールは内包したスチームを噴出させることでエネルギーを作るわけだから、あっという間に蒸気が無くなってしまって然りだろ?それに、そういう設定だったらあんなに軽いはずが無いじゃないか…

 そう言えば空飛ぶ機械が出てくるが、ライト兄弟によるライトフライヤー1号が大空へ飛び立ったのは1903年のこと。リリエンタールが散々馬鹿にされつつも空を飛ぼうとしている時代に、はるかに完成した飛行機が登場してるのは…これは狙ったんだろうか?

 いずれにせよ、褒めるべき部分とけなすべき部分が極端に多い作品とだけは言える。

(評価:★3)

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