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[コメント] チェンジリング(2008/米)

細部の細部にまで監督の手が行き渡っているのがありありと分かり、ただただ圧倒された。稀に見る圧倒的な「背景」を持った映画。と、言わざるを得ない。
くたー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







それにひきかえ、この物語の芯となり貫くヒロインの存在自体は、恐ろしくシンプルなのだ。

彼女の行動原理は、母性という時として抽象的にもなりかねないキーワードを出すまでもなく、もっと具体的に「子供を捜す」ことに貫かれている。焦点はほとんどそこから外れることはない。視野狭窄的とすら言えるほどに。たった一つの願いを妨げるものであれば、警察も精神科医も殺人犯ですら、彼女にとってはおそらく同列のものでしかないのだろう。法廷に立つ殺人犯を見た時ですら彼女は感情を露にすることはなく、真相を与えようとはしないと分かった時点で、初めて「地獄に落ちろ」と牙を剥くのである。死刑執行を彼女はじっと見つめる。その表情には、分かり易い憎悪や悲しみの表情をうかがうことはできない。おそらく、痙攣する殺人犯のつま先を見ながら、ここでまた希望の扉が一つ閉ざされたことを、ただ重く受け止めていたのではないだろうか。

神父が語る警察機構の堕落云々ということにも、ピントがずれたような戸惑いを含めた受け答えしかしていなかった彼女だが、ただ一つだけ例外と言えるのは、精神病棟から女性を解放するエピソード。ただ個人的には、彼女が突然社会的な問題意識に目覚めたというよりは、子供を産めなかった娼婦との交流を通して、彼女の中の母性が共鳴したがゆえの行動だったように思える。社会を揺るがす開放劇の最中に、感動的な再会や劇的な抱擁があるわけでもなく、彼女はその娼婦とわずかに目配せを交わすのみ。おそらく「私も頑張るからあなたも頑張って」という、同朋と交わすような目配せ。そしてここで、このサイドストーリーは一旦閉じ、また本来の自分の目的に戻るわけである。

全くぶれることのない彼女のシンプルさ。そのシンプルさゆえに、ここにある数々の複雑な社会的側面に彼女の存在が埋没することもないし、社会的側面も含めた背景が、より複雑になればなるほど、そのシンプルさに強靭さが与えられていくのである。または、その並外れた強靭さが、隅々までコントロールされた演出の数々を「背景」として機能させてしまう、とも言えるかもしれない。

ラストでようやく手に掴んだ、わずかな希望のかけら。ラストに至って、初めて彼女にとっての物語は少しだけ転がる。このある種の作り手側の「厳しさ」は、ひとえに誠実さの表れでもある、と思う。

(2010.4.18)

(評価:★5)

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