コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] レボリューショナリーロード 燃え尽きるまで(2008/米)

エイプリルの焦燥もフランクの戸惑いも手に取るように解って嫌だった。俺はこんな映画を見たくて映画館に足を運んでるわけじゃねえんです。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 セックス、ジェンダーに関わる問題は言い方が難しいんですが、語弊を恐れずにあえて言いますと、エイプリルは既婚女性の一種の典型像だと思うんです。それは性格だとか思考だとかの問題ではなく、彼女はもう感覚的にどうしようもない必然からあのように焦燥し、孤独に沈んでいったように、自分には思えました。私の妻や母にも普通にあのように壊れていく因子をどこかに感じるんです。

 たとえば、一見まったく違って見えるお隣の奥さん、美人でもなければ、非常識でもない、普通です、普通の方です。そんな彼女がエイプリルの馬鹿げた計画をいきなり聞かされて泣くでしょう? 彼女にだって逃げたいという願望は心の奥の奥にあって、でも目の前にそれをしゃあしゃあと口にする女がいて、それができない自分がたまらなくみじめになった――だから、それが計画倒れになったのを知ったとき、この女も自分と大差なかったと安心して“ハッピー”だったんじゃないでしょうか?

 でも、そんな女性の感覚に、男はどう向き合ったらいいんでしょうね…

 凡妻が“ボクはここにいてもいいんだ!”と納得してハッピーだったかたわらで、凡夫が何を思っていたかといえば、“エイプリルとやりたい…”とそれはもう切実にそう思っていたわけです。男は男で孤独な衝動をかかえ、おぉ、なんと、そこには巨大な断絶がよこたわっているのです。

 男って本当に女性の感覚を理解できない生き物でして、理解できないどころか、隔絶してしまっていることにさえ気づかない、もしくは認められない、認めたくないと思いつつ、自分は浮気をせずにはいられない、本当、いや、これ本当、ろくでもない生き物なんですよ、あなたのその彼氏とか旦那とか。知ってると思うけど。

 あるいは、女性はパリに行くと言ったら行きたいんですが、男は行きたいときも行きたくないんです。だから、どっちにするか自分で決めなくていい理由ができると、大変ありがたい――わかる、わかるぞぉ、ディカプリオぉ。

 しかし、そんな男の卑怯を、女性は見抜きます。そして何より幻滅を感じ、猛り狂うのが常です。まして男が理路整然としていればしているほど、女性のハラワタはモツなべのごとくグツグツです。ああ、油そそいでる、油そそいでるよ、ディカプリオ。本当に間違えない映画だな。

 そしてXデイ、フランクは昨日とは別人のように尽くしてくれる妻に戸惑いつつも、安心して幸福な気分になってしまいます。昨日の戦闘状態から考えたら、ありえない展開、とつぜん地下から巨大なセイウチが出現するよりもありえない展開なんですが、それでも男は“ありがたい”ことを信じてしまいます。なぜなら、どのみち解らないから。嗚呼…

 女性はと言えば、ある瞬間ぷっつりと理解しあうことをあきらめます。その時エイプリルはどうしたかと言えば、男の願望すべてに答えてやろうとしました。あたかも胎児をつつむ子宮のように。そう、女性の方は男を知り尽くしていたのです。

 夫が望む自分を演じきり、夫を家から出したあとで、妻は独りさめざめと泣きます。無理だと思ったのでしょう。だから、彼女は夫の子供とともに夫を堕胎します。

 私はこの映画を、すさまじい深度で男と女、夫、そして妻を掘りさげた映画と信じて疑いません。ただ一点、どうしても気になりました。エイプリルに女や妻の生々しい感覚は感じたのに、二児の母としての感覚が欠落しているように思えたのです。妻は子供を持ったとき、女でいるだけではいられなくなる、それが母になるということなのだと思います。製作者はエイプリルを既婚女性の最大公約数とする意図で子供を持たせたんだと思いますが、彼女が単にわがままなキャラクターに見えてしまうとすれば、彼女が母親でもあるという問題と向き合いきれていなかったのだと思います。

 上記はけっこう大きいと思いますが、それ以外は描かれた夫婦像もガチンコなら、演技合戦もガチンコ、妻から私を主演でこれを撮ってと言われたサム・メンデスもきっと嫌々ガチンコに徹した実に立派な映画です。これを排して『ベンジャミン・バトン』とかノミネートしてるアカデミー賞は本当にくだらないなあ。

 ……ただ、わたくしといたしましても、実のところを言えば、宇宙の彼方からどでかい火の玉がぶっ飛んでくるどうしようですとか、モスクワをマット・デイモンのスパイが0.1秒も惜しいみたいに歩き回るですとか、そんな映画を観たくて映画館に足を運んでるんであって、正直、ガチンコ夫婦のガチンコ映画なんかあんまり見たくもないよ。ていうか、夫婦はガチンコいくない。夫婦は早々にプロレスを学ぶべき(長々書いておいて最低の落ち)。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (7 人)jollyjoker[*] 緑雨[*] muffler&silencer[消音装置] m-kaz uyo Yasu[*] Keita[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。