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[コメント] 浮草(1959/日)

中村鴈治郎
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小津のようなカット割りの多い映画の場合、ワンシーンの間に感情が激しく移り変わる芝居をするのは非常に難しいことなのではないかと思う。現場では常に瞬間的な演技を要求されながら、繋げた後のフィルムからは連続的な感情の推移が認められなくてはならないからだ。 小津が決して器用な俳優とは云えない笠智衆に口移しで芝居をつけたり、その他の俳優にも徹底して抑えた演技をさせたのも、案外その辺りに理由があったのかもしれない。

しかし、この中村鴈治郎。己の激情を「なにぃ」「なんじゃい」「あほ」「どあほ」「ばかたれ」などの乏しい語彙でしか表せない駒十郎という男を見事に、そして自由に演じきっている。完璧。 京マチ子など他のキャストも抜群によいし、基本的には小津の構図に収まりながら自分の色も付け加えている宮川一夫の撮影がすばらしいことは云うまでもない。まさに小津と大映の化学反応。

そして、これは「煙草」の映画であるということも忘れてはならない。タバコタバコタバコ、みんな煙草を吸っている。煙草を吸うという所作ひとつで映画を映画たらしめてしまう演出。煙草の吸い方、あるいは団扇のあおぎ方といった日常的な小さい動作の見せ方こそ小津の真骨頂だ。

ところで、元々はこの『浮草』、雪国を舞台にして『大根役者』という題で松竹が制作するはずだったそうだ。それが諸々の事情で大映の中村鴈治郎主演『浮草』になったのだという。その『大根役者』の予定キャストが進藤英太郎山田五十鈴淡島千景有馬稲子田浦正巳だったらしいことを聞くと、もちろんそれなりの作品にはなっただろうが、『浮草』ほどの傑作に仕上がったとは思えない。 『浮草』とは、成立事情からして何やら奇跡的なものをはらんだ映画らしい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)irodori けにろん[*] ナム太郎[*] shiono ぽんしゅう[*] ゑぎ[*] TOMIMORI[*] 緑雨[*]

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