コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ゆれる(2006/日)

オリジナル脚本による、映画以外の何物でもない、質の高い日本映画を観られたことが喜ばしい。見事な対比表現により、兄弟の内面は「ゆれ」ていたが、映画自体は本当にしっかりしていて、まったく「ゆれ」ていない。(2006.09.09.)
Keita

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 非常に作為的な映画である。だが無論、悪い意味ではない。

登場人物の設定や劇中での事件、これらは現実で考えたらあまりに都合が良く配置されている。その作為的な状況設定を、俳優の力、脚本の力、演出の力によって、細部まで丁寧に描ききり、映画をリアルなものへと昇華させたこと、これが実に見事である。虚構をよりリアルに感じさせる。ここには映画としての力を感じざるを得ない。しかもオリジナル脚本。純粋に“映画”としての魅力に溢れている。

 作為的だということは、裏を返せばそれだけ計算されているということだ。特に、兄弟の対比はあまりに練りこまれているので恐れ入った。表面的な対比に留まらず、内面をきちんと対比している。

兄弟ふたりがアクリル板を挟んで対峙する場面が何度かあるが、それらのシーンの緊張感といったら! 事件前と事件後で、まるで兄弟の感情が入れ替わってしまってすらいるようで、人間が持つ二面性を痛烈に感じさせる。身勝手に思えた弟が全うなことを言っているという皮肉。優しく見えた兄が汚らしい発言を憎たらしく口にする恐さ…。

しかも、これを登場人物に説明的に語らせている印象はなく、すべてが彼らの気持ちからの発言だと感じさせる。ここに脚本としての練り込みを当然感じるし、もちろんオダギリジョー香川照之の演技力も申し分ないと感じるのだ。

 全編において、丁寧に計算された構成、展開により、シーンのひとつひとつにこだわりがあるし、緊迫感も途切れることはない。僕は冒頭で、外に出かけるくせに冷蔵庫を開けたまま閉めない弟の姿を見て、人物造形の上でそこまで細かい描写をさりげなくしているなら、この映画は期待が持てると早々と感じるくらいだった。

クライマックスで、弟が昔の映像を映写機で見て号泣する場面があるが、あの台詞などない抽象的な場面で、観ているこちらも感情が高揚するのは、それまで丁寧な描写でしっかり人物を描いてきた賜物である。

 そして、抽象性と具体性をバランス良く構成していることも、いかに練った物語であるかを伝えてくれる。つり橋で何が起きたか。これについてはひとつに絞っていない。観る側の視点によって変わってくる。ラストシーンも幸にも不幸にも解釈できるが、このあたり、観客側への自由度もしっかり持ち合せている。だが、観客に委ねる部分ばかりにはせず、人物の心理や話の進行などは大変具体的で、芸術映画特有の「わからなさ」という要素をほとんど感じさせない。その点も丁寧だ。

 ヒットしている映画は原作ものばかりが多い現在の日本映画において、オリジナル脚本で、非常に映画らしい映画が、しっかりとあったことへの喜びは大きい。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (11 人)ガチャピン chokobo[*] ishou[*] きわ[*] shak プロデューサーX[*] Santa Monica [*] sawa:38[*] ロボトミー セント[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。