コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 空気人形(2009/日)

映画の要所要所で脇役である余貴美子富司純子高橋昌也が屹立している。秀作の証(あか)し。 見ること、触れること、発音すること、動くこと、存在すること、記憶すること、伝えること、観ること。様々な醍醐味に溢れた、『空気人形』。
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ペ・ドゥナの瞳の可憐さに惹きつけられる。その覚醒した「空気人形」は冷たい雨に触れる。(ラングの『メトロポリス』)

やがて、その儚げな「空気人形」は「黒い」傘と「赤い」バッグを手に、危うい足取りでメイド服という定番ユニフォームのまま外出する。(チャップリン しかも「ペ・ドゥナ、ペ・ドゥナ」と歌いだせば『モダン・タイムス』ではないか!)

「ワ・タ・シは持ってはいけないココロを持ってしまいました。」 ペ・ドゥナはメイド服が抜群に似合うこともさながら、覚えたままの日本語を、浅い解釈で発声する。そのハスキーな声の艶っぽさ。是枝監督の韓国女優起用の理由はここにある。(音声の発見。サイレント映画からトーキー映画へ)

青年に恋をして、「自由」に町に出た「空気人形」は「海」を発見しあてのない後ろを 振り返る。(『大人は判ってくれない』&ヌーベルヴァーグ)

青年と「空気人形」の逢瀬。愛する人の息で満たされる、その充足感。何たる淫美なその湿った温もり。(「日活ロマンポルノ」) 背徳的で独創的なベッド・シーン。

性の悦びを覚えた「空気人形」は、その純愛を極めようとする。(大島渚の『愛のコリーダ』)

そして、絶望的な状況での「ハッピーバースデイ・トゥ・ユー」。(黒澤明の『生きる』)

映画『空気人形』は映画史をなぞり再現する。さらには彼女の伸びやかな四肢、その影は光に照らされて、透けて煌びやかに路面に映る。そう、ビニール製の「空気人形」はセルロイドの映画のフィルムそのものなのだ。

雨に唄えば』、『スティング』等等世の中のレンタルビデオ店には素敵な映画が溢れているのに、そして世の中にはカラフルな綺麗な色彩で溢れているのに、現在何故、日本の人々のココロは凍りついているのだろうか。

数年前、会社に若い女の子がいた。社会そして会社の閉塞感に、その女の子はもらしていた。「空気になりたい、、、」と。

1950年代のパリの明るい空気を素直かつ詩的に表現したのが、あのレンタルビデオ店の中央に飾られていたポスター、アルベール・ラモリスの『赤い風船』だ。

そして今、カラフルなものや光は溢れてはいるが、「部品みたいに、簡単にすげ替えられる為」人々のこころは、疲弊し絶望しているのが、2009年の日本であり東京である。 その人々のよどんだ空気を素直かつ詩的に、(詩的ドキュメンタリーとも呼ぼうか)記録したのが 、是枝裕和の『空気人形』である。だから、ダークな終盤になった。私はこの『空気人形』の持つ忠実な記録性を大いに評価したい。

映画とは記録であり、美を記憶する。その記憶された美は時代時代の人々のココロを癒してくれる。最後の登場人物みんなに舞い降りる、綿帽子の美しさは少なからず私を癒してくれた。(フェリーニの『』、『アマルコルド』とリンクする。)

また『空気人形』の撮影(リー・ピンビン)の様式は、映画の王道ともいうべきロングテイク(長廻し)であり、その豊穣さ加減はテオ・アンゲロプロスさえ彷彿させた。何度でも観てみたい。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (7 人)ロープブレーク[*] 緑雨[*] おーい粗茶[*] ぽんしゅう[*] 青山実花[*] けにろん[*] 3819695[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。