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[コメント] 第9地区(2009/米=ニュージーランド)

ブロムカンプ監督の演出力には圧倒される。終盤の戦闘シーンでクリシェに陥るものの、テーマが屹立するラストの余韻は奥深い。SF好きの観客ならば、劇中で流れる72時間の背景に、数万年規模のタイムスケールの存在を感じるだろう(エイリアンと人類の関係について追記しました)。
shiono

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







着想としてはアーサー・C・クラークの「幼年期の終り」を髣髴とさせる。また、エンディングのエイリアン父子はレイ・ブラッドベリの「火星年代記」を連想した。このような古典SF小説に共通する文明観や進化論への洞察が背景にあるから、荒唐無稽な展開も、文学性を映画に転用する際の大胆な翻案として楽しめた。高度な風刺も散りばめられているが、単純に笑える部分も多く、ユーモアのセンスもいい。

戦闘シーンよりもむしろ空撮が格好よく、擬似ドキュメンタリーの作りもこなれていてうまいと思う。エイリアンは思わせぶりに出てくるものだという固定観念を裏切り、白日の元にその姿をさらしていて独創的だ。作者の創造性と、映像技術の革新による好ましい婚姻関係を見た。

追記

戯れにエイリアンと人類の関係性を深読みしてみる。エイリアン文明は没落し、知的進化の度合いもピークを越えて退化しつつある。燃え尽きる前の最後の知性の輝きを有するのがあの主役のエイリアン父子だ。

彼は、彼の種族の残滓である。栄華を誇った文明の記憶がある。その科学技術を利用し、人間が排出した産業廃棄物の液体をあれこれ加工し、強力なエネルギーを有する化合物の生成に成功する。

このアイテムはゲーム的には単なる「トレジャー」であるのだが、材料が人類由来であることに加え、シャルト・コプリーが被爆するとエイリアンに変異するという事実から、あのエイリアンは我々人間の進化形であることが推論される。

これが映画内の暗黙知であると了解すれば、彼我のコミュニケーションが無条件に成立すること、エイリアンが人間的な感情表現を踏襲していることが納得できるのだ。「猿の惑星」と似て非なり、これをネタとして使っていないところが賢くも奥ゆかしい。

(評価:★4)

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