[コメント] 八日目の蝉(2011/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
僕、実の母親の顔知らないんだよね。あっ、誘拐されたわけじゃないけど。
物心ついた時に僕の手をひいてくれてた人は、(後で15歳の頃にわかったことだけど)2番目の母だったんだ。
その人は、とても綺麗で、髪が短くて、細くて、僕の自慢の母だった。
その母とも7歳で離れ離れになった。妹を連れて僕の元を去ったんだ。その後、義務教育を終えるまで親戚をたらい回しにされながら育った僕は、その間に耳にした親類の大人たちの会話の断片から、自分の理想の実母の面影を創りあげた。
情報は、僕に似た大きな切れ長のややつり目。色白。離婚後に姉を連れて実家に帰ったらしいこと。2番目の母親との思い出や面影をそこに付け加えた。
志望高に合格した時、父は僕を呼び寄せた。
「今後お前が大学に進学して社会に出たら、顔を合わす機会も少なくなるだろうから、高校3年間は一緒に暮らそう」
そう言われて新しい家の敷居を跨いだら、見知らぬ女と血の繋がらない突然の14歳の妹がいた。びっくりだ。誰、それ? 当時15歳の僕と当時36歳(自称)の女は残念なことに相性が悪くって。
何がイヤって、この女、僕が実母と信じて疑わなかった2番目の母親も彼女と同じ継母であることを何の前触れもなく僕に告げた上に、事をあるごとに実母や2番目の継母の事を貶める言葉を口にするんだよ。
僕はその年の冬からアパートで一人暮らしをすることになった。
父の独り善がりな理想的家族の構図は1年で頓挫したことになるね。あははは。
高校の残り2年間・大学・大学院とずっと一人暮らししてる間に色んなこと考えた。
今なお、離婚再婚を繰り返す生涯現役な父と同じようにはなりたくないなぁ、とか、父の3番目の婚姻がダメになったのは僕が原因だったのかなぁ、とか。
……にしても、父があの水商売上がりの子連れビッチを選んだ理由は何だったんだろう、とか。茶色の髪のあの女だけはナシだな、とか。
この映画を観て思った。僕が過去の母親たちに思いを馳せるから3番目の母親と上手くいかなかったのかもしんない。
僕の頭の中では、常に反・父派と反・茶髪ビッチ派が共闘運動していて、顔も知らない実母と2番目の母の実像を混ぜこぜにした偶像を理想の女性像として崇拝する日々が続いたんだ。
だから、つきあう彼女はつり目つり目つり目つり目ビバつり目オンパレード。
「わたし、この写真の子と似てるね」「そかな? きっとタイプなんだよ・・・」
あっ、これっ、一種のマザコンか? あぁ、僕はマザコンだったんだ!
劇中、井上真央が、永作博美との思い出を辿りながら、自分が愛されていた記憶を辿るシーンがある。僕はこの映画を観て、自分と同じだと思って涙が止まらなかった。
僕もね、僕を置いて出て行った2番目の母親や実母を嫌おうと思ったんだけどできないんだよ。
特に、2番目の母親との思い出は……。
夜の埠頭の駐車場やフェニックス並木の真っ直ぐな道路。知らないパン屋さんのクロワッサンが焼けた香り。焼きとうもろこしを買ってもらった知らない神社のお祭りの灯り。
似たような景色や匂いで、ふと、思い出すんだ。楽しかった日々。何も知らされてなかった日々。愛されていた日々。
「お父さんともう会えなくなってもママと一緒に暮らす?」
そう僕に泣きながら訊ねてくれた2番目の母の顔。生まれたばかりの妹に嫉妬して幼児退行した自分。
井上真央は言う。「愛された経験がないから、子供をどう愛していいかわからない」と。「どう育てていいかわからない」と。僕もそう。だから未だに父親になる勇気もない。
でも、思い出を辿って井上真央は自分の境遇を認め、愛されていた自分を見つけ、永作博美に対する思慕を正直に吐露し、母親になる覚悟を決めた。女性ならではの強さだと思った。僕は、彼女のように全てを認めて、全てを赦して、父親になれる日が来るのかな……。
写真館で、印画紙に2人きりの家族写真が浮かび上がってきた瞬間、堪えてた涙がとめどなく溢れた。
2人を安易に再会させなかったラストもとてもいいと思った。
追記:ただ、このお話、誰の目線で見るかによって評価が分かれるかもしれません。
奥さん目線で見れば、誘拐犯は赦せないだろうし(でも離婚しないでいる理由もよくわかんないんだけど)、現在進行形で浮気してる男性目線で見れば耳が痛い話にもなりえます。「誘拐」という罪を絶対に認めないという立場の人もいるだろうし。
そう考えると★5は行き過ぎかな、とも思うのですが、如何せん僕の出生の立場から見たとき、実母も継母も「僕を愛してくれていたけれど、どうしても手放さずを得なかったんだ」と思う以外、僕は自分の人生を生きていくにあたり、余りにも足元が心許ないのです。
永作博美のような母だった、と思いたいのです。
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