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[コメント] コクリコ坂から(2011/日)

感心はするが、感動はしない。キャラクターにほとんど生理らしい生理を感じない。幾ら頬がピンクに染まっても、大粒の涙を零しても、記号以上の「意味」という理解の範疇を食み出す生理が匂わない。端的に言って、作品世界への、キャラクターへの愛(情熱)が乏しい、寂しい映画。

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







アニメーションのキャラクターに生理? しかし、やはりそうなのだ。何かが欠けている。宮崎駿はその昔、アニメーターを志す若者達に向かって、「少女が首を傾げる角度からだって物語はつくれる」というようなことを述べたらしいが、その言葉にヒントをもらうなら、この映画は、そんな「少女が首を傾げる角度」といったような、細部への愛ある眼差しが欠けているのではないだろうか。またたとえば宮崎駿はべつのところで、『太陽の王子 ホルスの大冒険』のヒロイン・ヒルダのある場面での描写について、その口元が僅かに哀しげに微笑んでいる完成版を見て、そのアニメーターの仕事に衝撃を受けて感動した旨を述べていたが、細部への愛ある眼差しとは、つまりそういう眼差しのことだ。

アニメーションのキャラクターの生理、などという抽象的な表現を具体例を以て指示するのは難しいので、そんな例を引用させてもらったが、つまりこの映画には、そんな細部が見出しにくいということだ。たとえばヒロイン・海のおさげ髪も、それが動作に揺れる以外には、とくに印象的に画面上で映えることはない。これはへんないい方になるが、この映画の作り手はおさげ髪を愛していないということだ。また何度か繰り返される炊事の場面であっても、ヒロイン・海がどういうつもりでその労働に当たっているのか、その心の内奥が見て取れるようには描かれていない。(少なくとも自分には本当に不気味なほどに見て取れない。)それは恐らく、リアリズムと云う一応の規範に則ってだけ描写されていて、そういう労働に日夜従事することの意味を、作り手が想像していない、あるいはし切れていないということではないか。また、これは頻繁に、海が頬をピンクに染める描写が為されているのだが、これもまた記号的で、肌に血流が通ってピンクに染まっているという感じではない。(結構頻繁なこの描写に、気が付いている人は案外少ないのではないか。それが少ないということは、つまり印象的に描写されていないということだ。)

では、これらの「欠落」はいったい何に由来するのかと言えば、それがつまりは、作品世界やキャラクターへの愛(情熱)の不足なのではないか、と思うのだ。それが作品世界であるなら、そこに流れる風や光、それがキャラクターなら、そこに息衝く心、そんなものへの想像力が不足している。そしてこれは、恐らく確かに想像「力」であって、ある意味では本当の意味での批評家的な才能とも言えるが、どれだけ対象に内側から接近出来るかの「力」なのだと思う。宮崎駿の才能は、まずは第一段階としてそんな想像「力」の深さ広さにあるとは思うが、残念ながらこの映画の作り手には、それだけの「力」が不足しているのだと思う。

個人的に、昔あるドキュメンタリー番組を見ていた。そこでは寿司職人を目指す兄がいて、そこにその母と妹が久しぶりに訪れるのだが、カウンターを挟んで兄と対面する妹が、如何にも恥ずかしげに俯いているその様子を映像で見て、「ああこの妹は本当にこの兄が好きなんだな」と感動したことがあった。それはそれだけ、言葉にならない次元で、如実にそこに“見て取れた”のだ。思うに、「生理」とはそういうものだ。この映画でも、少女が少年を好きになってしまうが、しかしこの映画では、その理由が感じ取れない。勿論、人が人を好きになるのには理由などない。ただ好きなる過程が存在するだけだ。だが映画が描写せねばならないのは、その過程を“見て取れる”生理として丹念に描出することだと思うのだ。然るに、この映画には、その過程は見て取れない。即ち、キャラクターに生理が欠けているからだ。

「少女が首を傾げる角度」。それは時間的に言えば、あるいは人が人を好きになる決定的な瞬間の光景だったかも知れない。そういう決定的な瞬間の一つでもあれば、それが映画なら力強く肯定も出来るというものだが、残念ながらこの映画にはそういう瞬間は見い出せなかった。リアリスティックに丁寧に描写された細部には感心はしたが、しかし感動はしなかった。それが、この映画の限界だと思う。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (9 人)寒山拾得[*] junojuna 考古黒Gr[*] ぱーこ[*] 緑雨[*] chilidog ペンクロフ[*] Orpheus[*] DSCH

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