[コメント] ラストタンゴ・イン・パリ(1972/伊=仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
パリ、どんよりした曇り空、ビルアーケム橋、列車の音、掃除夫の掃く箒(ほうき)の上を飛び退くジャンヌ(マリア・シュナイダー)、落ち葉を見上げる警官、季節は秋、ベルナルド・ベルトルッチ詩人の血は隠せない。(彼の父、アッテリオ・ベルトルッチはイタリアの高名な詩人。)鏡の間。複雑に反射する夕方の光たち。窓を開け放つポール。やはり、空は余り見えない。
●せめぎ合う様式美と、非様式の美。名前なんて知らない。いらない。
「私は45歳、男やもめ、小さな旅館を経営している。」ポール(マーロン・ブランド)が初めて現実の自己を語りだしたその時、ラストタンゴ(=破滅の序曲)が流れてくる。無軌道、無修正がポールの魅力、更には、存在意義そのものだったのに。女にはそう見えて来る。
ダンス・ホール「タンゴは様式だ。踊り手の足を見ろ。」陶然としてしまう移動撮影。ビットリオ・ストラーロ。タンゴに入る前にフロアの人々が、静止状態 から少しずつ動き出す。解(ほど)けていく。映像の魔術に魅せられる。酩酊する二人。フロアに舞い降りる二人。放逸なダンス。俯瞰撮影。ポールが黒い羽根を上に翳(かざ)した時、様式美を超えた。美しいと思った。「彼は誰。名前なんて知らない。」
●性の孤独 しいては 生きること の孤独
快楽をむさぼりあう二人。オルガスムス、一瞬だけどわかり合った気もする。でも、ふとしたことで、簡単に別れてしまう。やはり性とは自分の快楽が根本にある。その性が、人間の生の根幹にあることを考えると、人間の絶対的な孤独に気付いてしまう。ひれ伏してしまう。初めて二人が結ばれた時、男は懊悩する。女は反転する。壁の下の方が赤い色で。赤い絶望の海に染まった二人。
●タイトル・ロールの二枚の絵
フランシス・ベーコンの二枚の絵画。悠然と寝そべる男の絵。虚偽の眼で見つめる椅子に座った女の絵(でも脚が白くてちょっと色っぽい。女って罪作りな生き物)。確かに存在はしている。しかし共鳴しない二枚の絵。この映画の世界観、上記の性の孤独を理解していると、タイトルロールを観ただけで悲しくなる。泣けてくる。すりガラスに映る人の顔はベーコンの絵を意識している。
●世界で芸術の一番の都はパリ?ローマ?
ジャン・ピエール・レオが少し滑稽。彼はフランソワ・トリュフォーの分身とも云われた俳優。処女作『大人は判ってくれない』から主演している。ベルトルッチは『暗殺の森』でゴダールと決別したと私は考えているが、トリュフォーにも喧嘩(けんか)を売っているのか。芸術家も大変やの〜。何かフランスでいやなことでもあったのかな。ベルトルッチの映画は、引用が引用で終わってなく、独自の表現主義にまで昇華されているとこが、ヌーベル・ヴァーグより優れていると思う。
●ちょっと、彩りを添えて
ダンス・ホールの丸い照明が絶妙。普通、ロートレックをイメージすると思うが、私はむしろオーギュスト・ルノワールを感じた。「船遊びの昼食」、「最初の外出」がそれにあたる。色彩の豊穣さとか、中空が明るい色使いとか。様式美の極みにルノワールをイメージした感じがする。
●もうひとつの古都
大好きな映画なので、私事について書かせてもらいます。
10数年前、京都みなみ会館まで『ラストタンゴ・イン・パリ』のリバイバルを観に行った。パリと京都の組み合わせ、だけで胸が高まった。映画のタイトル・ロールが映るだけですすり泣く声が、ちらほらと聞こえてきた。俺も泣いていた。映画(206分版、これが最近、悔しいことに観れない。これでないと偉大さが伝らない。)が終わり、俺は帰路についた。外は夜になっていて、満月が出ていて東寺(五重の塔)を妖しく照らし出していた。(ちなみに『ルナ』を併映していた。)平山郁夫の「木の間の塔 薬師寺」を彷彿させる美しさだった。前方に妙齢の髪の長い女性が一人、帰っていた。彼女も、タイトル・ロールで泣いていた人だった。(一人で、ベルトルッチ、しかもこの映画を観にくる位だから、俺とかなり趣味の相性がいいはず。)声をかけるべきか。迷った。映画が映画だけに、ラストの方のマーロン・ブランドの女性を追いかけるシーンと重なり、結局、声をかけれなかった。ああ、失敗した。月がらみ、ベルトルッチがらみで。『シェルタリング・スカイ』。あの映画のポール・ボウルズの言葉「この月をあと何回みるのだろう。多くて数回だ。」を思い出す。しかし、祝福された夜だった。季節は春だった。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (11 人) | [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。