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[コメント] Dolls(2002/日)

ウヒヒヒ、北野武、人形を撮る。ワハハハ、北野武、人間の体臭に愛想を尽かす。アーハハハハハハハッ、北野武、アニメを撮る!
kiona

永久の愛を誓い合った女性がいました。婚約しました。でも、出世のために破棄しました。そしたら彼女、狂っちゃいました。そのことを知らせに来てくだすった、いかにも親切なお友達二人。おかげでぼかぁ、目が覚めた! この世には僕達二人だけだったんだってことに!!

わざわざ、それも当日に直接知らせに来てくれる悪意たっぷりの元同級生。恥じらいもなく息子に出世を取らせようとするクズな両親。見るからに高慢知己な相手の社長令嬢。そしてテメエで何もかも判断を誤ったくせに、一切の責任を取らずにトンズラ決め込むバカヤロウ。周りの人間全てを不幸に貶めたコノヤロウが、彼女の自殺未遂の一報を聞かされて放った最初の言葉は、「ふ〜ん、死んだの?」である。どいつもこいつもクソッタレだ。

が描きたかったのは無論のこと、こいうった個々の人物像ではない。それらはいわば、“人形の逃避行”という本論を繰り出すための序章に過ぎず、その本論が醸し出す情感はこれら個々の人物像とは良くも悪くも隔絶している。だが、いくら隔絶しているからと言って、これ程までに窶れた脚本 −脚本…そんなものがあればの話だが− が、興醒めでないことがあろうか?最初はもう胸糞悪くて、ションベンかけて帰ろうかと思ったぐらいだ。

とはいえ冒頭を見る限り、稚拙にも見えるベタに関する断りは成されていたとも考えられる。つまりあのプロローグだが、そもそも文楽というのは、ベタな物語に端を発し、人形の所作と表情に織りなす陰影のみで醸し出していく情感を旨としている世界なのであろうし、の意図はそれを映画で、実写で、生身の役者を使って実践するという逆説にあったはずだ。その辺を考慮すると、ベタそのものが計算のうちだったのかもしれない。

しかしそう解釈したとしても、主たる菅野美穂のエピソードはその後も延々かったるかった。種々のモチーフ、クチパク(両親の説得シーンなど、わざとアフレコにして、しかもわざとそのアフレコをずらしている。言うまでもなく、文楽人形を象徴している。)などの意匠、抜群のロケ、そして色、色、色、等々はいちいち目を引くも、一向にスクリーンに引き込まれない。

結論を言ってしまえば、文楽をモチーフとして使うばかりでなく、その本質を映画の中にぶち込んで、それに伴い、人間の体臭を堂々と拒絶してみたものの、結局は映画の体質との化学変化を起こせず、分解させてしまったのではないかと思う。そうすると、やっぱり脚本をもっと煮詰めていれば或いは…という思いが頭をもたげる。

クライマックス、愛しい過去の幻想を観て菅野美穂が笑顔を取り戻すシークエンス、笑顔だけでなく、喜怒哀楽という春夏秋冬を一瞬で巡らせた、あの表情があまりにも素晴らしかったのに、それに匹敵する流れを生み出せなかったのは非常に残念だ。結果、プロローグの文楽が体現していた生にも死にも辿り着かず、映画は体臭を拒絶するだけのそこいらの安いアニメの領域に留まった。高いアニメの中には、端から人形でありながら、もっとこの映画よりずっと豊かな、この映画が目指したこの映画のプロローグに近い本質を持った、いわばアニメを越えた代物がある。

ところで、その他のエピソードは嫌いじゃない。三橋達矢のオヤビンのエピソードはこれまた悶絶するほどベタだが、松原智恵子というありえないキャスティングにより、お笑い通り越して突き抜けた感があり、一種のファンタジーにまでなっていた感じが…しなくもない。

一番のお気に入りは深田恭子のエピソード。偶像への愛故に自らの光を絶つというストーカー道まっしぐらの偏愛に突っ走った彼の破滅的な情熱もさることながら、そんな彼の暗い情熱を拒絶するどころか、満面の笑みで受け入れた深田恭子の暗黒は何ぞや? そう、ファンがストーカーなら、アイドルなんてモンスターだ、普通の感覚ではやっていけない。そんなモンスターな人生が、偏執的に自分を愛する奴隷を両手で受け入れた瞬間に凝縮されていた。自分がに求めているのは、これなのだ。『ソナチネ』や『HANA−BI』や『3−4×10月』といった傑作の核心、

凡庸な生に溶け込めないアウトサイダー(≒モンスター)達と彼らが佇む深淵、

そこを支配する豊饒な虚無、そこで行われる遊び。それは限りなく“死”に似ている。

(評価:★3)

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