★2 | ウォーク・トゥ・リメンバー(2002/米) | ベタな恋愛劇であることを否定はしないが(むしろ積極的に見たい)。ここには(恋愛)映画で最も重要な「過程」がまったく存在しない。例えば、人を好きになる、相思相愛になる、付き合いを深める、親・恋人との絆を強める、信仰・信念への揺らぎ・強める、成長する、苦悩する、関係を回復する、等々で必要とされる。 [review] | [投票] |
★2 | マッチスティック・メン(2003/米) | オチから逆算すると一部の登場人物の行動が論理的でなくなるのは、この手の映画では多大なマイナスだろう。あと、個人的にクダラナイと思ったラストも含めて非常に教条的な話で、クライムムービーでこんなことせんといてくださいよ。 | [投票] |
★4 | アヴァロン(2001/日=ポーランド) | ゲームを題材に扱った映画で多いバーチャルな世界での自己アイデンティティの模索、なんて作品として捕らえるからこの映画を誤解する。「ゲームを極限まで進化させることで、現実を模すことができかもしれない」なんて、ゲーマーの思いつきを特殊な画面効果と箱庭を模す映像技術によって具現化した、素晴らしい傑作。非ゲーマーに楽しめるかは知らんが。 | [投票] |
★2 | ターン(2001/日) | 原作においては、繰り返す日常はこの映画のような世界の孤独下での「ジャンルホラー」などというものでは決してなく、心地よい日常が転じる怠惰の恐怖であったはずだ。 [review] | [投票] |
★4 | 大いなる幻影(1937/仏) | 戦争に代表される時代の推移にって浮き彫りになる旧来の価値観と戦争その物の虚飾性を映画は粒さに描いていく。国、階級、文化、人種を背負わされた人物の描き方に高い完成度を見るに、それが逆に後年の視点に晒された時、いささかステロタイプに見えるも事実でもある…。 | [投票] |
★4 | キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002/米) | 良質の教条主義映画。随所の大人視点の介在が心地良い。そしてテーマや人物描写の分化がバランス良い。早撮りを逆手に取った自然光を多用した撮影もお手軽で最大限の効果をあげているように思える。 [review] | [投票] |
★3 | ボギー!俺も男だ(1972/米) | ここまで『カサブランカ』絶対的リスペクト映画とは少しビックリ。鑑賞前は、「『カサブランカ』は素晴らしいが故に、凡人は別の生き方を模索する(せねばならない)映画」かと思っていたもので。 [review] | [投票] |
★4 | 太陽に灼かれて(1994/仏=露) | 悲喜劇が見事にアイロニカルな表現に結実するラストは胸が締め付けられるような痛切さでもって迫ってくるものの、これが実話であるなら、俺程度のロシア史の知識(当事件への無知)では、この政体と兼ね合わされた人の悪意が噴出するドラマへの違和感に口を挟めないのであった。 [review] | [投票] |
★3 | 恋のエチュード(1971/仏) | 良質の男根主義的な恋愛映画。ヒロインが複数いるあたりはギャルゲー的(やったことないけど)とでも言いかえればいいのだろうか。 [review] | [投票] |
★3 | リターナー(2002/日) | アクションシーンと特撮には見る物があるが、日常を描いたシーンにはただカメラを回しているだけで、一貫した演出下にない安っぽい作りにゲンナリする。ベタでも、ドラマをきちんと撮らないで観客との共通の認知に頼ってはいけない。 [review] | [投票] |
★4 | 都会のアリス(1974/独) | 末端の肥大は、精神的な統合を困難にする。移動は輪郭を他者は相対化を、そして完成する物語は別の起動へと導く。そんな感じ。 [review] | [投票] |
★4 | オペラハット(1936/米) | ニューヨークをもっと魅力的に撮って欲しい。ラストの裁判のシーンにもダイナミズムがまったく感じられない(裁判その物はおもしろいんだけどね)。登場人物も彼らのドラマもキャプラ流の皮肉というかウィットも非常に魅力的なのに。まあ、ここで感じた不満が『スミス都へ行く』ではすべて改善されているのだが…。 | [投票] |
★3 | フランティック(1988/米) | 路地裏と老朽化した建物を舞台に隠蔽された汚いパリで暗躍する陰謀。パリをこんなに汚く撮ったのは関心すれど、しかしまあ、展開するその暗躍ドラマが007のようで荒唐無稽。「汚い」=「リアリティ」変換が失敗しているわけです。 | [投票] |
★2 | EUREKA(2000/日) | 「一体化によって得られる知」と「観察によって得られる知」は、本来は別個として存在し決して交わってはならない。この2つの平面を、観客は受動的に感じ、一方で能動的に知覚し、双方を組み上げることで、映画は三次元足り得るのだ。しかし... [review] | [投票] |
★5 | 浮草(1959/日) | 暖色の撮影は、リアリズムをペシミズムに陥らせない。漂泊者達の自己卑下とプライドと離散の繰り返しはわずかな前進と成長を、そして通過地点での福音を見たのだった。 | [投票] |
★4 | 巴里の屋根の下(1930/仏) | ラザール・メールソンのセットとそこに住まう人を、クレーンで舐めるように写される巴里がたまらない。街の住人に混ざって歌いたくなった。 [review] | [投票] |
★3 | やさぐれ刑事(1976/日) | テロップを入れての北海道各地を舞台に矢継ぎ早にシーンが切り替わるアヴァンタイトルまでは最高なれど、その後はオーバーアクトによる役者達のオーバーな(?)追跡劇に終始する。 | [投票] |
★5 | 天井桟敷の人々(1945/仏) | ほとんどシーンになんらかの形で音楽が流れ、舞台で、桟敷で、パリの街で生命溢れる人々をカメラは捕らえつづける。メインの通俗的な恋愛劇の周りに浮かび上がる人間達にこそ主役であり→ [review] | [投票] |
★4 | バンパイアハンターD(2000/日=香港) | 「孤高で孤独でありながら(実は)ヒューマニスト」、言葉にするのは簡単でも、あらゆる物語で描くのは非常に難しいことの一つだと思う。Dという主人公の描写の匙加減が絶妙。 [review] | [投票] |
★5 | フィアレス(1993/米) | 感情移入を阻むということは障害者や被害者への同情的視点をも排除すること。前半のジェフ・ブリッジズの奇行には魂が震えました。元に戻ってよかったね、元気になってよかったよかったじゃないんだよな。 | [投票] |