[コメント] 未来世紀ブラジル(1985/英=米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
夢を題材にした映画が好き。
その中でも飛びっきりの悪夢。観ている内に酔ってしまい、終わった時には完全に平衡感覚を失ってまっすぐ歩くのさえ困難になるほどの衝撃を与えてくれる作品。そんな作品を常に求めているのだが、そこまでのものを与えてくれる監督はそう多くない。だが…
テリー=ギリアム。彼の作品は常に私にとてつもない快楽を与えてくれる。
その彼と出会った記念すべき作品がこれだった。
彼の作品は常に“夢”そのものを映画化する。そしてその夢は常に飛びっきりの悪夢に変わる。画面上に展開される画面はまさに悪夢そのものだ。そしてそれをブラックな笑いに押し込める。何という才能か。
この物語はどことも分からぬ未来世界で(一応タイトル通りにブラジルとすることも出来るが、劇中一言も国の名前は挙げられておらず、しかも基本的に冬を舞台としていると言う皮肉ぶり)、官僚体制に押しつぶされる人間を描くのだが、ここにイデオロギー色があるとか、そう言うのは関係がない。ただ監督はストレスというものを端的に撮ろうとしているだけとも見える。単にそう言うのを撮ろうと思った。それで良いんじゃない?
主人公サムはその官僚組織の中にあって、心は既に押しつぶされかかっている。本来彼を慰めてくれるはずの母親は自分の美貌を保つ以外の興味を無くし、彼は仕事でも家庭でも既に極度のストレス状態に置かれる。そんな彼が唯一縋るものは夢でしかなかった。
そしてその唯一の慰め、それに縋ろうとする彼は無惨に打ち砕かれる。自分はヒーローとはなれず、自分が助けようとした者、なかんづくそれによって助けられることを望んだ女性ジルは彼の前から連れ去られ、残ったのは“反逆罪”の汚名を着せられた裸の自分だけだった。最後に残った夢でさえ、悪夢が忍び寄る。 全てが失われた時、彼の生活は今までの確固たる姿を失い、悪夢そのものへと化していく。
それを描ききった監督の技量と、偏狂的とも言えるディテールの緻密さ。少しずつ少しずつ肉体的にも精神的にも追いつめられる主人公の姿を撮り切った監督には頭が下がる。
そして何より私がギリアムという人物に惚れたのは、それで終わらないと言う点にある。彼の作品においては、本作、『12モンキーズ』、『ラスベガスをやっつけろ』に共通して、悪夢の揺れ返しが起こる。何とかしてこの悪夢から逃れようとする主人公の前に、突然何の脈絡もなく”救い”が提示される。どうせ不条理な世界。こういうハッピーエンドもあるのか、と何となくほっと安堵した瞬間…
直後に、以前に倍する悪夢を叩きつける。
これこそギリアムの醍醐味で、救いようのない世界に観客も又叩き込まれる。彼の作品を観る度、ころっとそれに引っかかるのが悔しくもあるが、引っかかったため、泥沼のような快楽へと身を堕とすことが出来る。
このラストは本当に救いようがない。だが、その救いようのないラストを明確な意志を持って(悪意とも言うな)撮りきった監督を絶対支持。
何でも当初、アメリカ公開を前提にハッピーエンド版も作られる予定だったそうだが、監督はそれをつっぱねたとのこと。それでこそ、私が惚れた監督だ。
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