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[コメント] シェルタリング・スカイ(1990/英)

スクリーンの向こうに広がる、その果てしない喪失のかなしみ。それでも確実に体内に宿る、大切な何か。たいへん勝手な解釈(しかも長文)>
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ポートが死に、取り残されたキット。彼女が砂漠に衣服を埋めるシーンで、私はただただ泣いた。彼女のその行為に、はかりしれない決意を見た気がしたからだ。

愛をとりもどそうとして、ふたりはこの地へやって来た。けれどすれ違ってばかりで、ようやく「ふたり」の関係に修復をきたしはじめた矢先、ポールは帰らぬ人となってしまう。

いや、違う。私は、「ふたりはもともと、激し過ぎるほど互いを欲していたのだ。都会での喧噪に満ちた生活の中では、その強すぎる思いを互いに支えきれなくなるほど深く愛しあっていたのだ。」と思った。どうしても振り払えない全ての干渉を断ち切るために、これ以上の"愛するがゆえの傷つけあい"を避けるために、ふたりのことだけを考えられる場所にまで彼らはやって来るしかなかったのだ、と。(*1)

だからこそ、ふたりがタナーにも別れを告げどんどん奥地へと向かったとき、もう残る道はそれしかないのだと思った。そして、ポートを失い独りになったキットがキャラバンについていったとき(私には、彼女は自らそれを選択したように見えた)、彼女の中にあるポートへの深い思いを、あらためて知らされた気がした。

彼女はあの土地で生き抜くことを、それも、彼女以外にはポートのことを知る人のない世界(つまり、永遠のふたりだけの世界)で生きることを選んだのだ、と思ったからだ。それは、彼女が(結局はポートを失うことでしか得られなかった)最初で最後の「ふたりだけの世界」であるようにさえ思えた。

親しい人を失うというのは想像を絶するかなしみだ。その人との関係が深ければ深いほど、他の人のどんななぐさめの言葉も煩わしく感じてしまうことさえある。また、自分自身に対する不安が生まれてくることもある。「私はいつまで彼/彼女のことをおぼえ続けていられるのだ?」

この映画は、作者であるボウルズ本人が出演しての言葉によって幕を閉じる。こんな感じの台詞だ。

「…人は死ぬまでに何回"満月"を見ることができるだろう。せいぜい20回ほどだ。それなのに、人はそのチャンスが無限にあるものだと思っている(実際には、満月を見るための物理的・科学的な条件と自分のその時の精神状態などがぴったり一致する状況は無限ではないのに)。」

ボウルズは言う。人が自分の人生を左右するほどの大切な思い出をまざまざと思い出すことなど、せいぜい4、5回なのだ、と。(*2)

ちっとも庇護なんかしてやくれない、ただそこに横たわるだけの空。そのタイトルと同様に、これは考えようによってはとても皮肉に満ちたちっぽけな人間の愚かさを表す言葉なのかもしれない。もしくは、その時こそを大切にしろ、というメッセージなのかもしれない。

けれど、私はあえて(確実に間違いなのは重々承知のうえで)こう受けとりたい。

大切なのは、(1度でも)満月を見たということ。1度でも出会えたということ。そしてそこに、なんらかの思い出が存在していたということ。

どんな関係であったにせよ、互いにその「個」を認めあったことのある人からは、人は何かしら影響を受けるものだと私は考える。だからこそ、たとえその思い出自体を思いだせなくなったとしても、その時に受けた何らかの影響はきっと身体や心に(意識せずとも)何らかの形で宿っていると考える。

それは自らの意志のみで与えたり与えられたりできるようなものではないし、また、その影響は選択できるものばかりでもない。が、ともあれ、まだ生きているということだけで、残された者は先に逝った者の影響を秘かに反映させ続けていくしかないのだと考える。そしてそれは、思い出すという行為と同じぐらい、(知らず知らずに)死を悼む行為であり、出会えたということそれ自体を大切に思う行為なのではないかとも考える。

再び姿をくらましたキットがこの先どうなったのかはわからない。彼女はもしかしたら死んでしまったのかもしれないし、生きていたとしてもこのままだんだんポートのことを思い出さなくなるかもしれない。けれども、ポートがいつでもキットの中に「在る」以上、彼女は生き続ける限り、これ以上(彼についてのさまざまなことについては)誰からの干渉も受けず「完全なふたりとして」生きていけるのだろう、と思う。

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(*1)

この物語は1947年という設定なのだが、監督によると、ふたりが北アフリカに向かったのには戦争の影響もある、とのことだ。

(*2)

もしかしたら原作のみにある言葉だったかもしれない。このあたりの記憶がどうもごっちゃになっているので、映画でも語られていたかどうかは自信がない…。

(評価:★5)

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