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[コメント] マルサの女(1987/日)

記録された「時代の気分」
ペンクロフ

脱税する金持ちを懲らしめることがエンターテインメントになりえたのは、バブル景気の浮かれた時代だったからだ。地獄の2018年に伊丹映画を懐かしく思って久しぶりに観てみると、カネ目当てに人さまの家に押し入る宮本信子津川雅彦もクソ野郎にしか見えない。なぜなら古今東西、税務署とは巨大なクソだからだ(宇宙の真理)。しかし当時においてはこれが意義あるように思え、共感すら生んだのだ、悪役とされがちな税務署からの視点で物語ることも気の利いたツイストに見えたのだ。分不相応な大儲けでウハウハの小悪党がそこらへんにゴロゴロいた時代だったから成立した、かりそめの勧善懲悪なのである。この映画の宮本信子は猟犬だ。脱税を挙げるためのロボットのようだ。勿論、それだけはない人間的な描写も、山崎努との交歓もたっぷりあるが、彼女は「それはそれとして」平気で仕事を遂行する。こういう人、あんまり好きじゃないんだよな。もっと後年の伊丹夫妻なら、この女を「脱税を挙げることが何より楽しくてたまらない」異常な悪ノリ女として描いたのではないだろうか。その方がいいような気がするが。

山崎努の息子は「スーパーマリオブラザーズ」で遊んでいる。劇中、何度かコンピュータ画面が映し出されるが、当然Windows95以前のコンピュータ、NECの88とか98なんだろうか。領収書がマイクロフィルムで記録されていたり、バカみたいな内装のラブホとか、肩掛け式の携帯電話とか。あらゆる映画はそうなんだけど、この映画も「時代の気分」を克明に記録している。自分に関して言えば、その感慨がストーリーを上回ってしまった印象だった。

(評価:★3)

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