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[コメント] 稲妻(1952/日)

これも成瀬巳喜男らしく広げたプロットを全て広げっぱなしで閉じてしまい、問題が何も解決されない映画なのだが不思議と幸福感がある。中盤からはずっとニヤケっぱなしで見てしまった。まず、高峰秀子がどのシーンもとても可愛いので嬉しくなるが、ただ、本作の肝は母親役の浦辺粂子だ。彼女があの奇跡的な稲妻のカットを導く。
ゑぎ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ラスト近く浦辺が高峰の下宿先を訪ねてきてからのシーンが抜群にいい。毒づきあったり泣いたり笑ったりといった中で親子の情愛がひしひしと伝わる。同時に二人の科白や所作・表情の演技・演出で複雑な多幸感も醸成される。そしてさらにこのシーンの中で奇跡的な稲妻のカットが見られるのだ。

 浦辺は4人の男と結婚し死別していて、兄と姉妹は皆別のお父さんという設定。上の姉は村田知英子で上半身スリップ姿で登場する。この人の図々しさ、がめつさの表現はいつもながらだが上手い。次女は三浦光子で『あらくれ』といい彼女はとても綺麗に撮られている。頼りない長男は丸山修。鉄砲弾が42発も体に入っていて「南方ぼけ」と呼ばれる。この人物も相当に情けない造型で、その徹底さがいい。これらに酒好きでホラ吹きの村田の夫・植村謙二郎や姉妹3人に取り入ろうとする胡散臭い実業家の小沢栄が絡んで主軸のプロットが展開する。付け加えるなら、前半、三浦光子の旦那の存在を意識させながら、結局登場させない成瀬らしい扱いや、その旦那が囲っていたという女・中北千枝子の存在も面白い。三浦と高峰で中北の家を訪ねるシーンでは中北の住まいの川の側のロケーションがいいし、中北もベランダで上半身スリップ姿のカットがあり、本作の見所に貢献する。そして、高峰が世田谷に部屋を借りた先が上品な滝花久子の家で、さらに隣家の兄妹が根上淳香川京子でこれらの住人は高峰の姉妹達と対照的に非常に清らかな人達として描かれる。このあたりは下手にやるとワザとらしくなるところだと思うが、細やかな演出が繰り出されて−例えば高峰の目が綺麗だというやりとり等−観客は対比のあざとさを意識する隙も与えられず納得してしまう。映画全体のムード、複雑な幸福感にこの二人が与えている影響は随分大きい。

 あと、既に町田さんや3819695さんがご指摘済みだが本作の特筆すべき音の使い方について記しておきたい。まず二つのオフの音使い。一つ目は小沢栄の原付バイクの音で、彼の登場は悉くオフのバイク音で作中人物と共に観客に知らされることになる。画面外からバイク音が聞こえ出すと、途端に映画の感情がざわついてくる。二つ目は根上と香川の兄妹が弾くピアノの音色だ。彼らがピアノを弾くカットはワンカットも示されないにも関わらず、後半、高峰の下宿のシーンではピアノの音がひっきりなしに流れており高峰の感情の動きが表現される。そして最後に、本作のタイトルである稲妻のカットを思い起こしてみよう。下宿の部屋で浦辺と高峰が二人して泣いたあと、窓の外の空に見事な稲光が走る。しかしこの時、無音なのである。音のない稲妻なのだ。音のない雷は現実にも珍しくないとは云え、映画のクライマックスでこの演出の選択というところに感動するではないか。極めて成瀬らしい聡明さだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)太陽と戦慄 irodori 寒山拾得[*] 動物園のクマ[*] 緑雨[*] 牛乳瓶 ぽんしゅう[*] 3819695[*]

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