ツイン・ピークス(1990/米)ファンのコメント
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ミツバチのささやき(1972/スペイン) |
フィルムのまわる音、ささやき、その全てが愛しく感じられる映画。ビクトル・エリセただものではない、巨匠ぶり。 (chokobo) | [投票(3)] | |
いい映画だと思わなきゃいけないような強迫観念に押されて、よく分からなかった。意味を思いっきり取り違えてしまった。 と、ここまでが以前見たときの正直な感想ですが、 [review] (mal) | [投票(6)] | |
アナの中に芽生え始める「自分という存在」とその反対にある「自分のいない世界=死」。映像を使っての表現方法には衝撃を覚えた。 [review] (torinoshield) | [投票(5)] | |
純粋な瞳とフランケンシュタインは分かる。でも正直この映画が何を伝えたいのかがよくわからん。 (NAO) | [投票] | |
誰でも無垢な子供、特にアナに惹かれる。無垢で情緒に彩られた作品ながら、その悲しさはスペイン内線と軍事政権下のスペイン人の傷。 [review] (SUM) | [投票(4)] | |
自分がイザベルぐらいの年に初めて見て以来、上の学校へあがるたび、大事に大事に見てきた映画です。 [review] (tomcot) | [投票(19)] | |
子供が感じるもの、見えるもの、聞こえるもの、そして子供には感じも見えも聞こえもしないし、想像も予測もできないもので、すべての画面が出来ているのだろう。父の存在を中心に 大人はそこを訪れる他者としてかかれている。天才的。 (エピキュリアン) | [投票(3)] | |
映画内映画としての『フランケンシュタイン』という構造。人造人間、機械仕掛けの奇蹟。現実の生命と、うたかたの幻影の曖昧な境界――。それはまさに、映画の事。息苦しいほどの、映画美の結晶体。光と影で構築された蜂の巣に閉じ込められる観客。 [review] (煽尼采) | [投票(2)] | |
子供の頃ってあんな感じじゃなかった?え?違う?残酷ですよ、子供も大人も。 [review] (peaceful*evening) | [投票(6)] | |
最初,ぼくはこの映画に5点は付けられない人間だと思った。 [review] (死ぬまでシネマ) | [投票(3)] | |
美に対する意識として凄まじい高い次元で成立していて言葉を失うが・・・・『フランケンシュタイン』はそれ1本で屹立する厳しい映画だがそれに対抗し得る部分がある。 [review] (t3b) | [投票(1)] | |
死ぬと言うこと、あるいは死なないと言うこと。大人と子供が見た死生観の違い。(コメントは長文ですが、完全に電波入ってます) [review] (甘崎庵) | [投票(7)] | |
美しい映画だと思います。フランコ政権への詩的な抵抗は感じました(毒キノコふみつけ、ドン・ホセの人体教育「目がないと見えませんね」)が、「こども=イノセントの視点」が優勢すぎたかな、と思います。 [review] (カフカのすあま) | [投票(1)] | |
まだ4点ですが、いずれ5点になります。 (コマネチ) | [投票(1)] | |
シネスケでの踏絵。あっ!踏んじゃった!自分に嘘はつけないけど皆さんに喧嘩を売ってるつもりも毛頭無い。 [review] (sawa:38) | [投票(7)] | |
『ベルリン・天使の詩』に匹敵するほど眠たかった。 (ドド) | [投票(1)] |