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[POV: a Point of View]
沈黙する男・長谷川和彦の仕事

相米が世を去り、井筒・大森はTV出演にうつつをぬかす。かつてのディレクターズカンパニーの作家達が低迷を続ける中、今だ評価の定まらぬこの男の22年間の沈黙は罪である。請う!’02年の再起。 (A・・監督、B・・脚本(A・B兼務はAへ分類)、C・・その他『逆噴射家族』制作、『神々の深き欲望』総務、『アフリカの光』助監督)・・・Cまで入れないとPOVのカッコがつかないじゃないか!
A★5青春の殺人者(1976/日)東京近郊の半都会という半端な土地にこびりつく「家」の呪縛。庇護という蜜の仮面の下の支配という憂鬱な粘膜。マスターベーションが大人へのトンネルの入り口なら、親殺しは出口。ちゃんと親を殺せないガキはいつまでも甘ったれた「青春」を引きづり続ける。投票(5)
A★3太陽を盗んだ男(1979/日)ポップな倦怠と反官憲ぶりが素晴らしく心ときめくが、渋谷の攻防が終わってカーチェイスあたりからの一対一の「決闘」の無駄の過剰は凡庸さを力まかせに誤魔化した結果。寡作のあまり評価高過ぎ。後半が整理しきれず3点で十分なのだが、ラストショットは完璧。投票(4)
B★5青春の蹉跌(1974/日)男の野心、女の打算。その行方を見据える冷徹な姫田真佐久のカメラ。井上堯之の音楽も良い。神代辰巳、非ロマンポルノの前期の傑作。 [review]投票(7)
B★3性盗ねずみ小僧(1972/日)世間の落ちこぼれで、ただの押し込み強姦野郎、次郎吉(五條博)が権力にたぶらかされて義賊に仕立て上げられるという長谷川和彦脚本のアンチ権力志向が描ききれづ、終盤に炸裂する遠山金四郎とのアナーキーな顛末が放つ「馬鹿力」が空回りするのが残念。投票
B★3濡れた荒野を走れ(1973/日)60年代の残滓引きずる「権力=悪」という念仏のような観念が、娯楽にまで消化されることなく生のまま顔を出す長谷川和彦の青い脚本を、澤田幸弘が力ずくでカタチにしてしまった誉め言葉としての蛮作。取ってつけたようなロマンポルノ用シーンが虚しい。 投票
B★2宵待草(1974/日)光りに対する不信感でもあったのだろうか。神代辰巳は、意識的に明部を避ける。活動小屋という暗闇に潜むテロリスト達の心の影と暗部を描こうとしたのかもしれないが、どう贔屓目に見てもこの映画は壊れている。投票
C★5神々の深き欲望(1968/日)文明とは古代神道(神々)の畏れに始まり、現代の高度資本社会へと連綿と続く「人間の欲望」の変遷の軌跡に他ならないのだ。では、お前にとって文明とはいったい何なのか、この物語はそう問うている。高度経済成長末期に、その終焉を予期するように作られた傑作。 [review]投票(1)
C★4アフリカの光(1975/日)逃げ出さないということ。立ちはだかる障害に果敢に立ち向かうこと・・ではなく、自らが置かれた状況から落ちこぼれないようぶざまでもしがみつく。そんなネガティブなエネルギーの存在を忘れてはいけない。投票(2)
C★4赤ちょうちん(1974/日)60年代の青春が不足に対する充足願望を推力にしたならば、70年代は充足の中の孤立打破を推力にする。義眼(=見えない目)を飲み込み世間と対峙しようとする男、義眼をお守りに世間に耐えようとする女。あの時代の、そんな気分。投票(2)
C★3逆噴射家族(1984/日)社会というもはや実態把握が不能な抽象ではなく、自分が通過し、またこれから築くことになるかも知れない家族に向けられた当時28歳の石井聰亙と31歳の小林よしのりの過剰なまでの破壊意欲は同じように70年代の彷徨を生きた者には充分理解できた。投票
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