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[コメント] 天空の城ラピュタ(1986/日)

そのあまりに徹底的で病的な世界の構築という作業。掛け値なしの快作。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 中盤、ウルトラアクロバットな身体能力で燃え盛る基地からシータを救い出したパズーがドーラの舟に乗り込んだ直後。彼はこんなセリフを吐く。

「この舟……布(きれ)が張ってある……」

 どうやら彼はその事実に驚いて、感心したみたいだ。だが、ちょっと待ってくれ。もともとあれは宮崎の空想上の乗り物であって、布が張ってあったって全然不思議じゃないはずだ。というより、飛行船に布が張ってあることなんて別に不思議じゃない。よく知らないが、たぶんあの大爆発事故を起こした実在の飛行船「ヒンデンブルク号」なんて布だらけだったはずだ。それに、それを言うならさっきまでおまえたちが乗っていた変な小型飛行機みたいなのはどうなんだ。あのハエの羽根みたいな翼はどんな素材だ?ポリ何とかっぽい感じだが、たぶん地球上に存在しないぞあんな素材は。さっき撒き散らしていた原色の煙幕はどうだ?どう見ても身体に有害な物質じゃないのか?燃料は何だ?推進装置の構造は?……そんなことはどうでもいいのだ。だが、ドーラの舟には布が張っていなければならなかったし、パズーはそれに気付いて驚かなければならなかった。

 つまり何が言いたいのかというと、宮崎駿はこのシーンの中で「小型飛行機みたいなのの翼は別に当たり前にあるものだが、舟に布が張ってあるのは珍しい」という世界を定義付けているのだ。それによって観客は無意識下でこんな予想を立てさせられる。「きっとあのゴリアテには布が張ってないのだろう」。そして勝手に結論を導き出す。「あの巨大なゴリアテは全部重金属で作ってあって、ゴリゴリに硬いはずだ。ああ怖い」。

 ドーラ舟の設定をひとつ定義付けただけで、ゴリアテに対抗することの困難さを浮き立たせる。そうしてゴリアテに立ち向かうパズーたちの決意に重みを持たせ、その後の展開への興味を煽っている。

 上記は一例に過ぎないが、『天空の城ラピュタ』という作品はこうした世界設定のディテールに溢れている。宮崎駿の頭の中にはその世界が完璧に構築されつくしており、そのディテールは単に世界観を深めるだけでなく、ストーリーを展開させる効果も生んでいるのだ。「島が空を飛んでいる」という突拍子もない設定を多くの観客がすんなり受け入れられたのは、こうした宮崎駿の病的なまでに徹底した世界設定の構築によるものだ。あまりに徹底されているために、観客はこれが異世界ファンタジーであることさえ忘れて物語に没頭させられてしまうのである。

 そう。最初に見たときはこんなことはまったく考えていなかった。ただ物語に没頭した。何度も見るうちに、ムスカやドーラ、将軍など脇役たちの人物配置の巧みさに舌を巻いた。『天空の城ラピュタ』には見るたびに新しい発見があり、刺激がある。まったくすごい作品を作ったものだと思う。

(評価:★5)

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